私が書いたもの

最終更新日 2011/09/27

ここに掲載する諸文書は、 以下の三条件のいずれかを満たすもののうち、 私がここに掲載することを選択したものです。

(1)非商業的な出版物 (学会の雑誌でも定価をつけて書店で販売されている場合があります。 それはこの範疇に含めていません) に掲載されたもの
(2)商業的な定期刊行物に掲載されたが、 掲載されてから相当の時間が経っているなどの理由により、 著作権者である私が、 掲載しても問題ないと判断したもの
(3)活字になってはいないが書いたもの

pdfファイルとhtmlファイルが混在していますが、 それはファイルを作成した時期に私が所有していた機材ならびに情報処理能力による違いです。 また、 配列もなんだか無方針です。 いささか不恰好ですがご寛恕あれ (時間があれば配列しなおすつもりではいます)。

データ

William Harvey's "De motu cordis" in orignal latin

だいぶ以前にやっていた、カント関係の仕事に関連する人名録 (かぎられた人たちにのみ有用。もはや有用でもないかな?)

書きもの

書評:アルバート・R・ジョンセン『医療倫理の歴史ーバイオエシックスの源流と諸文化圏における展開ー』、藤野昭宏・前田義郎訳、ナカニシヤ出版、2009。

関西倫理学会の刊行による『倫理学研究』第40号(平成22年4月)に掲載された文章です(p.128--139)。 雑誌掲載の最終段階で若干手直ししているので、 紙媒体と完全に同一ではありません。 ここに掲載するために、 Libre Officeによってpdfファイルに変換しました。 なお、関西倫理学会は倫理学の学会としては日本最古です。 知ってましたか? 日本倫理学会よりも歴史が長いんですよ。

「満足する理性。 カント実践哲学への感情論的アプローチ」

文書そのもののの冒頭に詳しく記してありますが、 平成17〜20年度に私が研究代表者として交付を受けた 科研費による研究の報告書です。 紙媒体冊子を何人かの同業者に配布して数年経っているので、 ここに冊子のもとであるpdfファイルを掲載することにしました。

「人世三宝説」−「健康」論の視点から

平成16年度〜17年度科研費プロジェクト、 「比較文明史的アプローチにおける技術と自然の変容過程序説」 (研究代表者、木岡伸夫関西大学文学部教授) の研究成果報告書に掲載した文章の前段階となった文章です。 報告書ではTeXとかpdfとかでは出稿できなかったので、 MSのWord形式文書に変換する作業が最後に必要でした。 その段階でも推敲しているので、 紙媒体と完全に同一ではありません。 TeX+dvipdfmxで作成したpdfファイルです。

健康の概念化

京都生命倫理研究会と北海道大学科研費プロジェクト (研究代表者:坂井昭宏教授) との合同研究集会(京都女子大学で行われました)で 2004年12月19日に行なった報告です。 読み上げ用の原稿です。 報告時にはプレゼンテーション用スライドも用いましたが、 それはここには載せません。 原稿のみ。 読み上げ用なので、 繰り返しがあったり余計な楽屋話があったりします。 この原稿を短縮・改訂したものが、 すでに活字紙媒体になっていますが、 そっちの方はここには掲載しません。 TeX+dvipdfmで作成したpdfファイルです。

医師養成における倫理(学)的思考の位置づけ─普通の医者の作り方─

文部科学省科学技術振興調整費(科学技術政策提言) 「科学技術倫理教育システムの調査研究」 (平成14年度〜平成15年度) 平成15年度ワークショップの記録、 に掲載されました(203〜211頁)。 Sun Micro SystemsのStarOffice7で作成して、 同アプリのpdf変換機能によって作成しました。 直下のpdfと比べると、 ううむ、 こっちの方ができ具合がいい。 当たり前だわね。

ありふれた営みもしくはVita Activa ー「マルタとマリア」、エックハルトの義解ー

勤務校の紀要すなわち 和歌山県立医科大学教養部紀要第29号 (2000年3月、1〜15頁) に掲載されました。 紙媒体ではendnoteですが、 ここではfootnoteに変更してあります。 TeX+dvipdfmで作成したpdfファイルです。

技術との自由なかかわり

この文章の由来については文章自体の「0.はじめに」に記してあります。 それにしても、 日本倫理学会がこの時の共同課題の諸報告を活字にしなかったのは残念だったな。 私のこの文章が含まれているからこう言っているのではありませんよ。 その点は誤解なきように。 でもまあ、 いわゆるSTSなんかを一生懸命勉強している人たちは、 この文章読んでくれたことあるのかな?

発表・討議を終えて

上の「技術との自由なかかわり」に関係する小文です。

格率  現実的行為原理をめぐる問題

『道徳規範の妥当根拠の総合的究明 ー「なぜ道徳的でなければならないか」という問いをめぐってー』 平成2・3年度科学研究費補助金総合研究A (課題番号02301006)研究成果報告書(平成4年3月)に、 掲載された文章です(119〜130頁)。

カントにおける体系的統一の理念について

京都大学哲学論叢刊行会による『哲学論叢』第16号 (平成元年7月) に掲載された文章です (27〜39頁)。 この雑誌は大学院生が編集しているのですが、 今でも刊行され続けています。 後輩連中、頑張れ! なお、 古典ギリシア語とラテン語の勉強は若いうちにしておいたほうがいいぞ。 モリタカ・チサトはそう言ってないけど。

美感的判断について

関西哲学会の刊行による『関西哲学会紀要』第24冊 (平成3年3月) に掲載された文章です (22〜28頁)。

技術の本来の空虚さ

日本倫理学会の刊行による『倫理学年報』第42集 (平成5年3月) に掲載された文章です (21〜35頁)。

Quality of Lifeー基本的反省と提起されている問題ー

『和歌山県立医科大学進学課程紀要』第24巻 (平成7年3月) に掲載された文章です(1〜22頁)。

技術者の責任

社団法人生命科学振興会の刊行による 『ライフサイエンス』第19巻第6号通巻286号 (平成4年5月) に掲載された文章です (56〜59頁)。 この雑誌は今はもう存在しません。

技術の善し悪し

環境技術研究協会の刊行による『環境技術』22巻12号 (平成5年12月) に掲載された文章です (55〜58頁)。

ケアの心

1998年(平成10年)6月28日に京都市で行われた京都生命倫理研究会に おける発表原稿です。 小さな研究者仲間のあいだでの発表だったので、 もとの原稿には固有名などが特定できる部分がありましたが、 ここではそうした表現などを変更してあります。


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