活動成果報告会

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日時:
平成21年3月14日(土)13:00~15:00
会場:
和歌山県立医科大学 基礎教育棟(3F) 大講義室

活動成果報告会は、「患者満足の向上を目指す医療人育成に向けて」「ヒューマン・コミュニケーション教育の取り組み」の2部構成で進行した。

患者満足の向上を目指す医療人育成に向けて

教育者の立場で 

教育研究開発センター 副センター長 羽野卓三 先生
教育研究開発センター
副センター長
羽野卓三

現代の医療にはキュア(治療)とケアの両方が求められている。都会中心、効率中心の悪循環のなかで、故郷に愛着を持ち、地域の患者さんの身になって医療を提供できる質の高い人材を、地域の大学でこそ育てなければならない。われわれはその実現をめざして、ケアマインド教育に取り組んできた。
1年生では、医学部と保健看護部の学生が合同で患者さんや家族などの話を聞き、話し合いをもつ。1年の最後には老人福祉施設に5日間泊まりがけで行ってもらう。こうした体験は受験勉強しかしてこなかった学生たちの心に、どのような姿勢で医療に携わるのかを問いかける大きなきっかけになる。学生は患者さんの生の声を聞き、患者さんと同じ目線でものを見ることの大切さを知ることになる。また、老人福祉施設では介護士さんたちの働き方を間近に見て、医師以外の職種の人から学ぶことの大切さを実感するのである。


医療問題ロールプレイは、医療現場で実際に何が起こっているのかを知り、自分たちで解決方法を考えてもらう取り組みだが、作り上げる過程での友だちとのつながりを深めるというもう一つの目的もある。
緩和ケア病棟での実習では、たとえ疾病の治療が終わったとしても、患者さんに対してできることはあるということを学ぶ。
こうした生きた教育が、知識だけでなくケアマインドを併せもった医療人を育成することにつながり、最終的には患者満足の向上につながるのである。


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学生の立場で 

1年生 阿部誠
1年生 阿部誠

 ケアマインド教育 
ケアマインド教育では、看護師やその他の医療従事者に焦点を当てた講義、脳性まひ、ダウン症など障害を持つ患者さんや家族の方のお話、医療の現状を行政から聞くなど、あらゆる観点からの講義があった。中でも印象に残ったのは、脳性マヒの患者さん本人が話をしてくれたことだ。自分の生い立ち、病の受け入れ方など、患者さんやご家族の本音を聞き、考える機会が持てたことは、将来の患者さんとのコミュニケーションの取り方の一つの指針となると思う。患者さんの気持ちに共感し、医師の立場ではなく患者さんの立場で考えることの大切さをあらためて知ることができた。
保健看護部と医学部の学生の議論では、相手の意見をしっかりと 聞くことの大変さ難しさを実感した。患者さんに医療を提供するうえで、あらゆる選択肢があるということを実感した。


1年生 阿部誠
2年生 杉本武哉

 老人福祉関連施設実習 
入居者49名の老人施設に行った。入居者の方は認知症の方が多く、コミュニケーションをとるのは想像以上に難しかった。自分と同年代のスタッフが高齢者と楽しそうに会話するのを見て、施設長のアドバイスを受けた。目線を同じ高さにすると、相手の表情もよく見え、相手も自分の顔を見てくれるようになり、相手の話を真剣に聞こうという姿勢が大切だとわかった。話ができない人は手を握ると握り返してくれ、言葉がなくても会話ができるということを実感した。

入居者のベッドの脇にはたいてい孫が描いてくれた絵や家族との写真、思い出の品々が置いてある。そこには入居者の生きようとする気持ち、長生きを願うご家族の気持ち、それに応えて働くスタッフの気持ちがある。人の数だけ気持ちがあることを忘れてはいけないと思った。


5年生 平山菜穂
5年生 平山菜穂

 医療問題ロールプレイ
学生が現在の医療と体制の問題点を探り、学生自身が考えるのがこの授業の目的である。すべてを学生が考える、絶対に医療関係に相談してはならないというルールの下で、今回は「救える命―目の前で人が倒れたら」「CureとCare 子宮頸癌を乗り越えて」「健康は誰のものか」「Jの潜入大作戦―誰が父を殺したのか」というロールプレイを見てもらった。
初めは「学芸会みたいで、恥ずかしいなあ」と思っていたが、学生だけで話し合い、患者さんやご家族の立場で考えるなかで真剣になっていた。
「救える命」はAEDについて取り上げたものだったが、1年生からの「AEDの講習を受けたい」という要望で、5年生が1年生に講習をするという体験にもつながった。ロールプレイは見てくれた人にも考えてもらえる重要な取り組みだと思う。


5年生 辻栄作
5年生 辻栄作

 緩和ケア病棟実習
この実習で強く印象付けられたことが二つある。一つは、患者さんの厳しい状態について、教科書ではわからなかった体験をしたことだ。血液検査の結果や意識の状態については学んでいたが、実際に意識がもうろうとしている患者さんや、一目見て黄疸がきつい方など予断を許さない状態の患者さんたちに接し、身の引き締まる思い、言葉で言い表せない感情をもった。
二つ目は緩和ケア病棟の医師と患者さんやご家族の関係である。患者さんは自分の状態をどう感じているのか、もう一回家に帰れる日があるのか、ご家族の気持ちはどうか。病院側と患者さん側の認識に溝やズレがあると、すれ違いが起こり、お互いにわだかまりやストレスが生じる。それは結果として死を敗北ととらえ、しんどい思いだけが残ることになる。だから、月山先生が医療チームや患者さん、家族としっかり話し合うのは、患者さんへの優しさの表れなのだと思う。医師は自分の経験や考えから死についてもしっかりと意見を持つ必要があることを学んだ。


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家族・患者の立場で 

日本ダウン症協会 和歌山支部(前支部長) 宮本年起
日本ダウン症協会
和歌山支部(前支部長)
宮本年起 さん

私は鍼灸院を営んでいるため、娘がダウン症とわかったとき、まず「こんな子がいたのでは、患者さんが来なくなるのではないか」と思った。自分の行いが悪かったせいではないかとも考えた。これは、障害児の親に共通の気持ちだとあとで知ったが、それは、親としての責任以上に、障害という重い事実に打ちひしがれているためだ。日本の古い伝統に根付く疾病観が影響しているのだと思う。障害のある子をもつ親の立場で医療者に願うことがいくつかある。
まず、患者に希望を持たせてくれる医療者であってほしい。特に病気の宣告や障害の確定診断を告知するときに、「お気の毒ですが」「残念ですが」と言わないでほしい。娘の主治医は、ほほえみを浮かべながら、「お子さんはダウン症候群です」と言ってくれた。そのほほえみに私は不快感より希望を感じた。次に優しい心をもった医療者であってほしい。「優しい」という字はにんべんに憂うと書く。憂いをもつ人の傍らに寄り添う人が「優しい」ということだ。

最後に、共感をもつ医療者であってほしい。共感能力を高めるのはまず経験である。私自身、娘をもってから、他の障害や災害に遭った人に共感が持てるようになった。ダウン症は千分の1の確率で生まれるが、その千分の1の経験をすると、世の中に起こることは自分の身にも起こり得ることと考えるようになる。共感能力は知識によっても高められる。人間は人類が絶滅から逃れるためにあるという遺伝についての知識を得ると、疾病や障害の見かたが変わる。それが、他者への愛情、尊敬、共感につながるのだと思う。


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ヒューマン・コミュニケーション教育の取組み

日本ダウン症協会 和歌山支部(前支部長) 宮本年起
鳥取大学医学部
総合医学教育センター
高塚人志 先生

鳥取大学のヒューマン・コミュニケーション教育は医学部医学科の1・2年次の2年間ある。全人的医療のためには、豊かな知識と優れた技術と態度を兼ね備えた医療人を養成することが大切だが、その知識と技術と態度を支えるのは人間性である。人間関係が希薄な今は、意識的に人間関係づくりを学ぶ必要があると考えて授業に取り組んでいる。
授業は大学生が乳幼児や高齢者とかかわることを大きな柱にしているが、特徴はプログラムを膨らませるために「気付きの体験学習」を重視し、基礎編と実践編という二段構えにしていることだ。
気付きの体験学習とは、体験を通して気づいたことを次の体験に生かそうというもので、体験した後に、自らがどう変容するかという行動目標を立て、それに向けた行動をする。
学生に最初に行うプログラムは、こちらからの一方通行の問題に対し、紙に答えを書いてもらうというものだ。人はまったく同じ情報をキャッチしても、それぞれに理解の枠組み、価値観が違うため、答えが皆違うことを実感するところから授業が始まる。


他に、一円玉の大きさの円を書いてもらったり、アイマスクをして目が見えない学生と見える学生がペアになり、言葉を使わずに相手の立場に立って行動するというプログラムもある。こうした体験を通じて、コミュニケーションの定義を考え、医療者としての資質にコミュニケーション能力が不可欠であることを学んでいく。
実践編のキーワードはマンツーマンだ。子どもと一対一のマンツーマンを組んで、子どもとのかかわりを継続する。2年次の実践では高齢者とかかわる。実践を通じて、ホスピタリティ・マインドとは、自分とそばにいる人を大切に思う気持ちを育てることであり、そのためには恋人のことをもっと知りたいと思うのと同じように、相手に共感し、受容する姿勢が必要になると理解させる。
授業の最後に、自分自身にあてたラブレターを通して、学生が自分自身の変化や人間としての成長を文章化する。こうした授業にはマニュアルがないため、試行錯誤しながら作ってきた段階だが、学生からは、「医師である前に、一人の人間として今後も学び続けたい」「自分を好きになった」「仲間との信頼関係ができた」と実感しており、手ごたえを感じている。


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総括

和歌山県立医科大学 附属病院長 畑埜義雄 先生
和歌山県立医科大学
附属病院長
畑埜義雄

高塚先生の精力的な取り組みを聞き、ホスピタリティ・マインドを育てるために、一つの文化を作るほどのエネルギーを感じ、感銘を受けた。
当病院が緩和病棟を作った一つの動機として、日本ではがんの終末期の患者さんが現に痛みを訴えているのに、投与されるモルヒネの使用量が世界で43位、その中で和歌山県内の使用量は国内43位と知り、これを何とかしたいという気持ちがあった。
一方、医学生が老人福祉施設で入浴の介助をする実習をしたところ、私はこんなことをするために苦労して医学部に入ったのではないと医学部をやめた学生がいるというエピソードを柳田邦男先生の本で読んだことが、医学生の高齢者施設での実習のきっかけとなった。こうした現状は教育を通じて、ケアマインド、ホスピタリティ・マインドを育てることで変えられるはずだ。ケアマインド教育というのは、究極はコミュニケーション、共感力に尽きる。そのために学生の気付きになることなら何でもやってやれというのが私の考えである。現在の3年間の「特色ある大学教育支援プログラム」のプロジェクトもこうして取り組まれたものだが、3年で終わるつもりは全くない。高塚先生のお話にもあった、言葉をもたない赤ちゃんとのコミュニケーションプログラムも、すでに学生課が計画しているようなので、今後始まっていくと思う。
キュア一辺倒の医学教育でなく、ケア、心を大切にした医療者をめざす学生をこの和歌山で育てていきたい。そのための努力は惜しまないつもりである。