今までお話した、安全で痛みの少ない硬膜外無痛分娩が、なぜ日本では広まっていないのでしょうか?「お産の痛みに耐えてこそ母親になれる」としてきた痛みを美徳とする我が国の伝統的な考え方や、「痛みを我慢して出産しなければ子供への愛情は育たない」といった偏った妊産婦教育も理由のひとつと考えられます。最近ではこのような風潮に疑問を感じ、痛みの恐怖から開放されたいと考える女性も増えています13)。
かつてキリスト教文化圏においても、労働の苦しみと分娩の痛み(どちらも英語ではlaborと呼びます)はアダムとイブが禁断の木の実を食べたために神から与えられた原罪と考えられ、欧米では分娩の痛みを取り除くことは神への冒涜(ぼうとく)とされていました。時代は変わり、女性の意識の変化とともに現在では出産時に痛みを取ることは産婦の当然の権利であり、たとえ「無痛分娩」を選択したとしても罪悪感を持つ必要は全くないと考えられています14)。
日本で硬膜外無痛分娩が広まっていない最大の理由は、欧米と異なる日本の産科医療システムにあると考えられています。診療科間の連携の良い欧米では、産科医、助産師、麻酔科医がチーム医療をしており、日本の病院の何倍もの出産数がある分娩施設では専門の麻酔科医がいて、広く硬膜外無痛分娩が行われています。一方、日本では麻酔科医のいない産科医個人の産院で分娩が行なわれることが多く、また麻酔科医が勤務している病院であっても手術室内での一般の麻酔に忙殺され15)、麻酔科医が産科病棟での硬膜外無痛分娩に関与している施設はほとんどありません。このような現状では、手間も人手もかかる硬膜外無痛分娩に取り組めなかったのも当然といえるでしょう16)。
和歌山県立医科大学附属病院では、医療の安全・安心・満足を軸に掲げて地域医療の中心となる責任があります。その一環として、産科医、看護スタッフとともに麻酔科医がチームに加わり、24時間体制で硬膜外無痛分娩に対応できる体制をとっています。
患者中心という視点にたてば、今後は日本全国の産科医療システムの充実とともに、産婦さんの「苦痛は避けたい」という当然の権利が認められ、硬膜外無痛分娩は広まって行くものと考えられます。もし皆様の無痛分娩の経験で、我々に改善すべき点がございましたら遠慮無くお教え下さい。もちろん、良い経験でしたら、周囲にお勧め下さい。
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