現在、欧米では硬膜外無痛分娩の安全性は確立しており、重い合併症が出現することは非常にまれです。このことは、欧米で積極的に行なわれていることでもわかります。しかしまれとはいえ、どんな医療行為にも問題となるリスクはあり、それは予めご説明しておく必要があると考えます。
「一般的な問題」としては、軽い血圧低下がありますが、普通は点滴により治療できます。仰向けの姿勢より、どちらかの横向きの方が血圧は下がりにくいことも知られています。また、体がかゆくなることもよくあります。これは鎮痛薬による作用の一部ですので、心配はいりません。かゆみは、我慢できる程度であることがほとんどですので、ご安心下さい。その他には、背中の注射した場所にしばらく痛みが残ったり、数日間軽い頭痛を感じたりすることがあります。
皮膚が弱い方や体重が多目の方の場合、まれに背中に這わせたカテーテルが、皮膚に沿って圧迫をおこして軽い炎症を起こしたり、かかとや腰などにしばらく軽い痛みや痺れが残ることがあります。これは、お産の痛みだけでなく下半身の痛みも感じにくかったために、産婦さん自身が不自然な姿勢をとったり、普通でない力が局所に加わったことによるものです。そうしたことがないように、私たちも注意を払っておりますし、産婦さんにもベットの上で可能な範囲で体を動かすようにお願いしています。幸いこうした症状の多くは、数日で治ります。
「非常にまれな合併症」として、硬膜外カテーテルの先端が硬膜を通じてさらに奥にある、くも膜下腔(図1をご覧下さい)に入ってしまうことが挙げられます。そこに麻酔薬が入ることで、麻酔が上半身まで広がり呼吸が苦しくなったり、足に力が入らなくなったり一時的に意識が遠のいたりする場合があります。また、硬膜外カテーテルの先端が血管の中に入ってしまった場合には、舌や唇がしびれたり、ひきつけ(痙攣)をおこしたりすることがあります(局所麻酔薬中毒といいます)。さらに、カテーテルを抜いた後に一時的に硬膜に孔ができることで、しばらく強い頭痛が続くことがありますが、これらには適切な対処法があります。
もし、麻酔を開始した直後や注入ポンプのボタンを押したあとに、舌や唇がしびれる、呼吸がしづらい、意識が遠のく、足に力が入りにくいなどの症状がありましたら、すぐにナースコールのボタンを押して下さい。
私達は、常にこのような合併症が起きないように万全の注意を払っております。しかし残念ながら、こうした問題は、目に見えない深い場所に手探りでカテーテルを入れるため、「非常にまれ」ではありますが一定の頻度で起きてしまいます。しかし、万が一問題が発生した場合にも十分対応できるよう、安全が確保できる準備を常にしています。産婦さんだけでなく赤ちゃんの安全も守るため、常に対話をしながら手技を進めます。腕には血圧計、指にはパルスオキシメーター(体内酸素モニター)、お腹には胎児心拍モニター、陣痛計などを取りつけて様子を見守ります。そして産科医、看護スタッフ、新生児科医だけでなく麻酔科医も24時間待機し、適宜診察をさせていただきます。
このように「硬膜外無痛分娩」の間は、痛みを取り去ることだけではなく、産婦さんと赤ちゃんの安全に注意し、何か異常が発生すれば素早く対応できる体制となっています。麻酔の合併症だけでなく産科的な問題が発生した場合(出血、妊娠高血圧症による痙攣、緊急帝王切開など)にも素早く対応できますので、安心して硬膜外無痛分娩を受けていただいてよいと考えています。
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