欧米では大部分の出産に何らかの痛み止めが使用されており、その中で最も一般的な方法が「硬膜外無痛分娩」です1)。最近の米国でも、毎年の全分娩数の約6割にあたる240万例が硬膜外無痛分娩であると報告されています2)。約2割で帝王切開ですから、分娩の8割近くが麻酔による分娩といえます。硬膜外麻酔法そのものは、日本でも外科手術などに使われていますので御存知の方も多いでしょうが、お産にも応用されていることはまだあまり知られていません。
出産に伴う子宮の収縮(しゅうしゅく)や産道の広がりによる痛みは、背中の脊髄(せきずい)という神経を通って脳に伝えられます。硬膜外麻酔法とは、細くて柔らかいチューブ(カテーテルと呼びます)を背中から腰の脊髄の近く(硬膜外腔)に入れて、そこから麻酔薬を少量ずつ注入することにより出産の痛みを和らげる方法です(図1)。腰部硬膜外腔に麻酔薬を注射した場合、硬膜を通って麻酔薬が脊髄に作用し、腰から下の感覚がにぶくなりますが、足を動かしたりすることはできます。赤ちゃんが生まれるまでカテーテルより続けて麻酔薬を注入するので、途中で麻酔がきれてしまうことはありません。
麻酔の薬が全身に拡がる場合(麻酔ガス、飲み薬、静脈注射など)とは異なり、「硬膜外無痛分娩」は下半身だけへの痛み止めですので、赤ちゃんへの麻酔薬による影響はとても少なく、またお母さんの意識がなくなることはありません。もちろん、出産時に赤ちゃんと対面することもできます。
「硬膜外無痛分娩」を始めると痛みは和らぎますが、下半身の感覚が完全になくなる訳ではありません。赤ちゃんの下降感や子宮の収縮をある程度感じながらタイミングを合わせ、ゆっくり「いきみ」ながら分娩をすすめます。ほとんどの場合、痛みはわずかに感じるのみになりますが、痛みの感じ方は産婦さんそれぞれで違いますので、とくに出産間近になると生理痛程度の痛みを感じる場合があります。そのため一般的には「無痛分娩」と呼ばれていますが、「鎮痛分娩」や「疼痛緩和分娩」という名前の方がより正確なのかもしれません。また、麻酔の効き方にも個人差があるため、鎮痛薬の追加にもかかわらず痛みの程度が強い場合には、硬膜外カテーテルを少し違う場所から入れ替えることもあります。国立成育医療センターでの無痛分娩経験者へのアンケート調査によると、大多数の方が硬膜外無痛分娩を始めることにより、痛みがそれまでの二割程度にまで軽減し、満足であったと答えています。3)
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