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研修会報告

第9回市民公開講座(兼第19回研修会)

 令和2年10月10日に和歌山県認知症疾患医療センター第9回市民公開講座(兼第19回研修会)を開催いたしました。

 今回の市民公開講座は、「認知症の心や行動の症状(BPSD)とケア」というテーマで、当院の医師、臨床心理士、作業療法士、認知症看護認定看護師より、それぞれの専門性を取り入れた講演を行いました。当日は新型コロナウイルスの感染防止対策を講じながら、104名の方にご参加いただきました。参加者の皆様、感染防止対策への円滑なご協力ありがとうございました。

第9回市民公開講座(兼第19回研修会)

 BPSDとは認知機能障害によって生じる不安や幻覚(心理症状)、暴言・暴力や睡眠障害(行動症状)等の症状のことです。全ての認知症の人に見られるわけではありませんが、ケアをする上で問題となることが多いと言われています。

 本講座ではまず、当学神経精神医学教室 山田信一医師より「基礎知識 認知症の心や行動の症状(BPSD)」という演題で講演を行いました。
 最初に山田医師より、人の心を捉えるツールの1つとして「こころのしくみ図」(『精神療法の基本 支持から認知行動療法まで』:堀越勝ら)の紹介がありました。人の心は目に見えないですが、その人の「身体疾患」、「こころの世界」、「行動症状」、そしてその人を取り巻く「人間関係」、「社会的問題」等に分けると、心というものがより深く見えるのではないかとのことでした。
 また「こころの世界」には大きく分けて「認知機能」と「心理症状(精神症状)」があり、それが身体疾患とも影響し合っているとのことです。「認知機能」とは記憶力や遂行機能(物事の段取りを司る機能)などの「正常に発達した知的機能」のことです。それが持続的に低下し、複数の認知機能障害があるために、社会生活に支障をきたすようになった状態のことを認知症と呼びます。認知機能はある一定の年齢を超えると、どんな人も徐々に低下していきますが、「年齢にしては少し低下が早いんじゃないかな」というのが認知症の定義であると山田医師は説明しました。認知症は現時点では治らない病気であると言われていますが、認知症の一部は正常圧水頭症等の治療可能な認知症であるという統計もあります。少しでも気になる方はまずは頭のMRIや血液検査などを受けてみてくださいと山田医師は言います。
 認知機能は日常生活に直結しています。認知機能が低下すると、買い物や調理等の手段的日常動作、着替えや入浴等の基本的日常生活動作に支障が出てくることがあります。これを「生活機能障害」と言います。認知機能低下や生活機能障害があると、患者さんは当然今までと違うと混乱したり、不安になったりするかと思います。そのような時に介護者や医療者が不安な患者を怒ったり、過剰な期待を寄せたりすると、さらに不安が増大するのではないでしょうか。このような症状をBPSD(心や行動の症状)と言います。
 BPSDにはお薬での治療だけではなく、お薬を使わない「非薬物療法」が効果的であると言われています。介護者も人間ですので、怒ってしまうことはあるかと思います。少しでも怒りを鎮めることが出来るのは、患者さんがどうして不安や混乱するのか等の「知識」を身に付けることです。そしてそれは介護者側の心の安定にも繋がるのではないでしょうか。社会的な問題点というのも心に影響します。1人暮らしや孤立、近隣トラブルが要因になっていることもあるので、医療だけではなく、地域の人や行政、福祉の人との連携やサポートも認知症の人を支えてくれます、と山田医師は最後にお話されました。

 認知症の人の心の中について講演下さったのは、当学神経精神医学教室 臨床心理士の湊智美先生です。今回「なんでこんなことするんだろう?~認知症とこころの中~」という演題でお話を伺いました。
 まず湊先生より「“目が覚めたら全く知らない場所にいて、今がいつなのかも分からない状況です。そして、傍には見知らぬ人がいてこちらに話しかけてきます。でも、何を言っているのか分からないし、相手の期待に応えようとしますが、うまくいきません。次第に相手は怒りだし、大きな声を出してきました。”…皆さんは、こんな時どんな気持ちになりますか?」と参加者の皆様へ質問します。どうしたらよいか分からず不安になったり、一方的に怒られることに対して恐怖や怒りを覚えたりしませんか。混乱したり、泣いてしまったりする人も居るかもしれません。これが認知症の人が普段感じている心の特徴です、と湊先生は説明します。
 BPSDの症状の1つに、自分が失くした物を誰かに盗られたと思い込む「物盗られ妄想」があります。これは認知症の人が、自分がしまった物の場所を忘れてしまうことに影響しています。しまった物の場所を忘れるので、勝手に物が無くなった、でも物が勝手に無くなることはないので、「誰かに盗まれたのかも」と不安になります。その不安が大きくなると「きっと盗まれたんだ」という猜疑心に変わっていきます。これが「物盗られ妄想」をする認知症の人の心の中とのことです。この時に彼らの主張を否定してしまうと「誰も信用できない」、「私の味方はどこにもいない」という恐怖や不安が出現し、状況は悪化してしまいます。信用できる人が誰もいない孤立した(と感じている)世界の中で、私達が頼れるものは何でしょうか。お金がいくらかの安心に繋がらないでしょうか。それだけ認知症の人達にとってお金がなくなることの恐怖はとても強いのだと湊先生は言います。
 認知症状が進行すると、介護者のケアが必要なことがあります。介護者にとっては気遣いのつもりでも、認知症の人にとっては心理的な負担を感じている場合があります。「感謝」が心理的な負担を解消すると言われており、認知症の人に何かをしてもらった時に意識的に感謝を伝えることで、介護者も返報をもらえた気分になります。
 最後に、認知症の人は認知機能低下により、周囲の人と違う世界、違う現実に生きています。物の捉え方や感じ方が少し違っているため、どうしても孤立してしまいます。だからこそ彼らの行動に対する「なんで」を考え、彼らの気持ちに共感することが大切です、と湊先生はお話されました。

 リハビリテーションの視点からは、「認知症とのつきあい方~リハビリテーションの視点から~」という演題で、当院リハビリテーション部 作業療法士 宮村佳澄先生に講演頂きました。
 認知症の人は「睡眠障害」をきたしやすいと言われています。睡眠障害は生活リズムを乱し昼夜逆転に繋がります。その結果、夜間に覚醒しそわそわする。夜間覚醒することにより日中眠ってしまい活動量が低下し筋力や体力が落ち、認知症の人が出来ることが減っていくことに繋がってしまいます。また筋力が落ちることにより転倒リスクが上がってしまい、骨折などの二次的な障害に繋がり、介護者の負担も増大してしまいます。
 このような問題を予防するために、生活リズムを整えるような関わりが必要になってきます。アプローチは複数ありますが、園芸や手工芸など本人が興味関心を持ってくれる作業や回想法(昔の遊びや出来事をグループで語り、情動機能の回復やBPSDの軽減などをはかる心理療法)や音楽療法を導入することが良いとされています。
 上記アプローチでも一定の効果はありますが、視力低下や指先の使いづらさで出来ない作業があったり、複数名居ないと出来ないことがあったりと困難な場合も多いと思います。その人に合った、家で1人でも出来ることとして、宮村先生は運動療法をお勧めされました。運動をすることで筋力や体力がつき、自分でできることが増えます。日中運動して身体が疲れると夜ぐっすり眠れて生活リズムも整います。また運動することで脳への血流量が増加して、海馬という脳内の記憶を司る部位の機能が保たれやすく、認知症の予防に繋がると言われています。
 具体的な運動例として宮村先生より、スクワットやペットボトルを使った腕や握力の運動のご紹介がありました。運動強度や頻度については、その人に合ったものを選んだほうが良いとされており、例えば「体力が低下している成人」はフルパワーの30%~39%の負荷で、自覚的には「そんなにしんどくないかな」と感じるくらい。頻度は20分未満の運動を1日おきで行うことが良いとされているそうです。
 また運動しながら頭の体操をする(例えば足踏みをしながら数を数えて、3の倍数で手を叩くなど)ことで、認知症の予防になるとも言われております。本講座では実際に運動を行っている動画も見せて頂き、楽しんで運動されている様子を拝見することが出来ました。

 BPSDを呈する人への関わり方については、当センター 宇田賢史 認知症看護認定看護師より「認知症の人が納得して安心できる関わり」という演題で講義しました。
 BPSDは介護者にとって負担やストレスになることが多く、それにより認知症の人へ不適切な関わり(荒い口調、無視など)をしてしまいがちです。そして不適切な関わりを受け取った認知症の人も負担やストレスを感じ、さらにBPSDが悪化する…という悪循環に陥りやすいと宇田看護師より説明がありました。
 「適切な関わり」をすることで、上記悪循環を止めることができるため、認知症の人にとっても、介護者や周囲の人にとってもメリットになります。「適切な関わり」として、宇田看護師は以下4つのポイントを挙げていました。1つ目は「相手をありのままに肯定的に受けとめる」こと。2つ目は「(認知症の人の)不快や不安を取り除けるように関わる」こと。これは症状そのものだけではなく、コミュニケーションや環境の変化など、その人にとって不快や不安となるもの全般に働きかけて、症状の軽減や予防をはかります。
 3つ目のポイントは「認知症の方の言動から、想いをくみ取る」こと。認知症の人は認知機能低下により、想いを適切に言動として表現することが困難になります。認知症の人が表現する言葉や行動だけではなく、本当に伝えたい(やりたい)ことを介護者がくみ取る必要がある、と宇田看護師は言います。例えばBPSDの1つである「異食」は失認(ものを適切に認識することができない)が要因となっています。異食行動だけを見ると、「食べ物ではないものを食べている」、「おかしくなった」と介護者も不安になるかと思います。しかしその行動の奥には“口の中が気持ち悪いので、歯磨きしたい”、“お腹が空いたので、何か食べたい”などの気持ちがあることがあるようです。
 「適切な関わり」、最後のポイントは「できないことだけでなく、できることに着目する」ことです。認知症の人は認知機能低下により今まで出来ていたことが段々難しくなっていきます。介護者はつい「できない」ことに着目してしまうかと思います。しかし一気に全て出来なくなるわけではなく、「できること」もたくさんあります。調理を例にすると、結果(料理の味)が望ましくない場合でも、“材料を切る”、“煮炊き”、“味付け”など行動を細分化して見てみると、出来ることはたくさんあるかと思います。出来ることの継続は、その人にとっての役割感、自信、安心、納得に繋がりますと宇田看護師は話しました。

 会の後半は参加された方からのご質問にお答えいたしました。たくさんの質問を頂きましたが、時間の都合上、全てのご質問にお答えできず申し訳ございませんでした。
 講座後、参加者からは「明日から使える内容ばかりだった」、「認知症を理解することが認知症の方とうまく生活していく基本であることがわかりました」等の感想が寄せられました。

 当センターでは今後も認知症に関連した様々なテーマでの研修会を企画してまいりますので、ぜひ足をお運びください。

令和2年度 第11回事例検討会

 令和2年8月6日、認知症疾患医療センター第11回事例検討会を開催致しました。

 今回の事例検討会は、当初、新型コロナウイルス感染対策を鑑み、「3密」を避けた会場参加形式での準備を進めておりましたが、7月中旬、当院における新型コロナ感染対策基準が強化された事により、急遽、Zoomを用いたオンラインでの開催とさせていただくことになりました。参加お申込みいただいておりました皆様には、急なご対応をお願いする事となり、当センタースタッフも不慣れな点が多い中、ご不便・ご面倒をお掛けする事にもなりましたが、多大なるご理解、ご協力の下、無事に開催することができました。当日は、14事業所29名の方にご参加いただきました。お申込みいただきました皆様には心よりお礼申し上げます。

 今回のテーマは、「お薬について」ということで、当センター外来担当医 安井昌彰医師(脳神経内科助教)による講義と参加者様からご呈示いただいた事例を含む6事例の検討を致しました。

 講義では、認知症者の割合と高齢者施設の現状を簡単に説明した後、4種類の認知症薬の特徴と高齢者に起こりやすい「せん妄」に対するお薬についての考え方等をご説明いただきました。 日本全体における2020年認知症患者の推定数は約602万人、2025年には約675万人、2030年には約744万人(※1)と増加し続けると予想されています。また、高齢化率が全国第9位(近畿府県1位)となる和歌山県の65歳以上の人口は、和歌山県総人口の約32%にあたる約30万8千人、うち一人暮らしの高齢者約6万人、また65歳以上の高齢者の要支援要介護認定者数は約6万7千人(※2)となっています。
 こういった被介護者の増加とともに、各種高齢者施設数も増加していますが、各施設設置基準による職員数は、例えば介護特別老人ホームの夜勤職員の配置基準は利用者数25人以下で職員1名、60人までで職員2名、また認知症高齢者グループホームでは1名以上などとなっており、配置基準以上の従業者人数が配置されていることは少なく、職員の負担が大きいのが現状となっています。 その様な現状において、認知症薬の使い方については、認知症の重症度によって使い方が違ったり、他のお薬との併用で効果が分かりにくい事があったり、介護従事者の多忙な業務下にあって、お薬の使い方が不穏の原因となっていることに気付かない、また気付いても対応できないなどといった場面もあるかもしれません。
 またお薬は、医師の指示により処方されますが、服薬開始した影響を介護の現場で把握する為に、知っておくべき認知症薬の基本的な内容を踏まえ、入院・入所でおこるせん妄の促進因子の1つとなる不眠に対して処方される睡眠薬についてや、高齢になるにつれて多くなる疾患や症候それぞれへの処方による多剤併用(polypharmacy)について、またお薬の必要性と環境調整のポイントについて、実際の使用例をもってご説明いただきました。医師から直接、介護の現場でのお薬の課題についてご教示いただける事は、介護職従事者にとって必要なことでありながら、なかなか機会が少ないかと思いますが、講義では、分かりやすくまた過不足なくお薬について学べる機会になったかと思います。
 講義の後、Zoomのチャット機能を使ってご質問を送っていただき、安井医師よりご返答いただきました。ご質問は、認知症のお薬は何科で処方されるか、認知機能障害(MCI)の予防について早めに薬を飲んだ方がいいか、レビー小体型認知症の症状であるレム睡眠に対する処方が睡眠薬でなく、抗てんかん薬であるのはなぜか、認知症で入院を勧めるかなど、介護現場で感じられている率直なご質問をいただきました。

 続いての事例検討では、参加者様から呈示いただいたお薬についての2事例を含む6事例の検討を致しました。
 多剤併用の事例としては、家族の入院で在宅介護が困難となった為に介護施設入所となった際、14種類のお薬の処方があり、発熱や意識障害も見られる状態であった方が、お薬の種類を整理する事で数日後には覚醒状態が改善し、1週間後には振戦消失し、ご本人の気分も良好になり、表情良く会話もできるようにまで状態が改善。その後、原因不明の発熱が続いた為、一から服薬を見直し、最終的に4種類のお薬の継続のみに整理され、施設内では軽介助の状態となり自宅へ戻られ、その後はリハビリ、レスパイト目的で施設利用しながら、ご家族もご希望されていた在宅生活を続けられた事例でした。
 在宅介護で、家族は通院先ごとに処方されたお薬を服用する事で、多剤併用となっている事は多くみられますが、この事例では、施設入所を機会にお薬の整理ができた事で、入所前より症状改善されました。お薬を見直すという事は、手厚く関わっておられる介護者でも気付かなかったり、相談先も分からなかったりする事も多いかと思われます。お薬に関して介護施設が介入機会を持っていただく事で、解決される場面があるかもしれません。
 また別の事例として、認知症の周辺症状(BPSD)への処方開始の事例。骨折で整形外科入院中に、認知症の周辺症状(BPSD)による幻覚、妄想の症状がみられ、抗精神薬の投与開始されましたが、症状の改善が見られず別病院で受診。認知症薬の処方が開始され、1か月後、整形外科入院中に幻覚症状や昼夜逆転も改善、3か月後には周辺症状についての相談連絡もなく、整形外科でリハビリ治療を継続された事例。入院先の整形外科からは認知症薬の処方を開始して1週間後に症状が改善されない為、転院調整の問い合わせが認知症薬を処方した病院にあったようですが、認知症薬と症状については病院であっても判断が難しいことがあるようです。

 終了後、参加者の皆様にはアンケートにご協力いただき、お薬についてより理解が深まった、また身近な問題として理解しやすかったというご意見や、今後取り上げてほしいテーマ、オンライン開催のメリットデメリットについてなど、今後の研修会開催の参考となる、貴重なご意見を多数いただきました。

 新型コロナウイルス感染拡大警戒が続く中、今後も感染対策を講じた研修会の開催形式を取っていかなければならないと考えられますが、より有意義な研修会開催となっていくようスタッフ一同尽力してまいりますので、今後もできるだけたくさんのご参加いただき、皆様の業務の一助となれば幸いです。

安井先生講義資料:第11回事例検討会 講義資料

令和2年度 第11回事例検討会

参考資料

  • ※1 「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」総括研究報告書(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業 九州大学 二宮教授)より
  • ※2 和歌山県ホームページ 福祉保健部福祉保健政策局長寿社会課 和歌山県における高齢化の状況より

第6回市民公開講座(兼第16回研修会)

平成31年1月26日に和歌山県認知症疾患医療センター第6回市民公開講座(兼第16回研修会)を開催いたしました。

第6回市民公開講座(兼第16回研修会)

今回の市民公開講座は、一般社団法人 日本認知症本人ワーキンググループ 代表理事 藤田 和子先生をお迎えし、『認知症になってもだいじょうぶ!そんな社会を創っていこうよ』という演題でお話を伺いました。 当日は和歌山では珍しい雪模様だったにも関わらず、100名を超える方々にご参加いただきました。ご参加いただいた皆様、お足元の悪い中ありがとうございました。

講演では、45歳の時にアルツハイマー型認知症の診断を受けた藤田先生より実体験に基づいた貴重なお話を伺うことができました。 まず座長より“認知症外来を受診しようと思ったきっかけ”や“自分の中の身体の変化”についてお尋ねしました。 藤田先生より「友達との約束を忘れる」、「何回も同じことを言っていると子供に言われる」、「読書をしていても登場人物やストーリーがすっと入ってこなくて、何回も読み直す」ことが続き、ある日「朝食べたものが全く思い出せなかった」ことが受診のきっかけとなったそうです。また「疲れやすさ」や「不眠」もあったため、うつ病かな?と思ったこともあったとのことでした。

脳神経内科にて認知症の診断を受けた最初の2.3年は、自分の出来なかったこと、失敗したことに目が向き「ダメになっていく、この後どうなっていくのだろう…」と悲しさや不安なお気持ちが強かったそうです。 一方で藤田先生のご家族の応対が素晴らしく、鍋を火にかけていたことを忘れて、焦がしてしまった藤田先生に対して、ご主人が「自分が鍋を洗っておくから、もう一回作ったらいいやん。」と声を掛けてくれたとのこと。間違ってしまったときでも「咎められたことは一度もない」と藤田先生は仰っていました。 ご家族の理解や、他の認知症の方との出会いにより藤田先生は「そんなに頑張らなくてもいい」、「出来ないのは自分の努力が足りないからではない」と思えるようになったそうです。

「認知症の人達が自分の立場を言えない(家族が隠す、本人が言いたがらない)のはおかしい。人権の問題が疎かになっているのではないか。」そんな思いから藤田先生は『若年性認知症問題にとりくむ会・クローバー』を設立。その後『日本認知症本人ワーキンググループ(以下、本人WG)』の設立に関与されました。 本人WGは認知症の方とそれを支える方の両方で成り立っており、認知症の方にとって“居心地よく、ここに居ていいんだなと思える環境”が社会全体で増えていくよう日々ご活動されています。また本人WGでは“私達のことを私達抜きに決めないで”という理念の下、政府への提案も行っているそうです。

「認知症の人は知的能力が低下して、新しく覚えることができないとか言われるけど、そんなことはなくて、“自分にとって重要であるとか、やりたいとか興味がある”ことは、新しいことでも覚えたいって思うし、やってみたいって思う。それを1人だけだと出来ないって感じるけど、誰かが助けてくれると出来る。」このように前を向いて様々なことに取り組んでいく藤田先生に勇気をもらった他の認知症の方が何名もいらっしゃるとのことです。 認知症の方への介護については「“どうせわからない、何もできない”と思って、行動制限をかけるようなケア」と、本人の気持ちに寄り添い、「その人の意志を探っていくようなケア」だとやはり本人の居心地のよさが違う、と藤田先生はお話されていました。

認知症のご本人それぞれに添った理解によりケアや環境が「居心地よく」なることで、“認知症になってもだいじょうぶ!”な社会を皆で創っていけるように…藤田先生のそんな思いがたくさん詰まった講演となりました。

また後半のシンポジウムでは、和歌山県長寿社会課の伏木 一郎先生、一般社団法人 和歌山県認知症支援協会の林 千惠子先生、有限会社プライムタイムの木村 公美先生より、それぞれが県内でされている活動をご発表いただきました。

当センターでは今後も認知症に関連した様々なテーマでの研修会を企画してまいりますので、ぜひ足をお運びください。

第5回市民公開講座(兼第15回研修会)

平成30年3月10日に和歌山県認知症疾患医療センター第5回市民公開講座(兼第15回研修会)を開催しました。

第5回市民公開講座(兼第15回研修会)

今回の市民公開講座には、国立長寿医療研究センター 老年学・社会科学研究センター 予防老年学研究部部長 島田裕之先生をお迎えし、『「コグニサイズ」で認知症予防』の演題でお話を伺いました。当日は224名の方にご参加いただきました。ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

講演会では、最初に、認知症の予防が必要な社会的背景や、認知症について教えていただきました。認知機能は、年齢相応の低下であれば問題ないのですが、年齢相応よりも早く、ある一定以上の低下がある方を、軽度認知障害(MCI)と呼んでいます。MCIの方は、その後数年で認知症になりやすいと言われていますが、その一方で、まだMCIの段階であれば、正常の段階に戻る方も、相当数いるということがわかっているそうです。

例として、高齢者の方の認知機能を評価し、2年後に同じ検査を行い、変化があったかどうかを調べた研究を紹介していただきました。もともとの認知機能が正常だった方は、2年経ったあとも8割の方が正常を保持していました。一方で、軽い段階のMCIだった方は3~4割の方が正常に戻っていましたが、MCIの中でも重い状態まで進んでいた方は、0.5~1割程度の人しか正常に戻ることができなかった、という結果が出たそうです。これらのことから、認知症予防のためには、できるだけ早い段階から自分の経過に気づき、気づいたら何らかの予防に取り組むことが大切ということを教えていただきました。

では、実際に何をしていけばいいかというと、まず、認知症の危険因子と考えられている、糖尿病、高血圧、肥満、うつ、運動不足、喫煙など、これらをできるだけ防ぐことが、認知症予防になります。また、認知的予備力といわれる、頭の体力を上げておくことが大切です。そのためには教育を受ける、聴力を保つ、認知的なトレーニングをする、ということが有効であるそうです。

そして、これらの対策がすべて同時にできることが、「運動」です。運動習慣を持っている人は認知症になりにくいという研究がたくさんあり、また継続的に行うと、かなりの確率で予防できるという結果が出ているそうです。

なぜ運動がいいのかというと、一般的な傾向として糖尿病のリスクが減ること、また運動することによって、脳の栄養素がたくさん出るということがわかってきたそうです。そのため、認知症の予防や発症遅延のためには、身体活動を向上させ、活動的なライフスタイルを送ること、また知的な活動や社会的な活動を送ることが大切だということを、教えていただきました。

最後に、認知症予防の運動「コグニサイズ」を、会場皆で実際にやってみました。コグニサイズとは、認知を表す英語「コグニション」と、運動を表す「エクササイズ」をかけ合わせた造語です。
認知症予防の運動にはコツがあり、体を動かすだけでなく、頭も一緒に動かすことが大切です。例えば、数字を1から順番に数えながら、3の倍数のときだけ数字を数えない、同時に決まった順番に手や足を動かす、という運動を行いました。数を数えるだけなら簡単なのですが、体を同時に動かすことで、急に難しくなります。
実際にやってみると難しく、会場からは笑い声があふれました。しかし間違えるくらいがちょうどよいという先生の励ましの言葉もあったように、難しすぎて誰もできないような課題よりも、間違えながらも何とか続けられる程度の負荷の課題がよいそうです。続けることが大切であり、うまくできなくても、やってみること自体が脳にとってよい影響を与えます。また一人で続けることはなかなか難しいので、地域の体操教室やフィットネスクラブ等を利用して、少しでもいいので続けていくことが一番大切だということを教えていただきました。

認知症と予防について楽しく学ぶことができ、笑顔あふれる研修会になりました。今後も様々な研修会を企画していきますので、ぜひお越しください。

平成25年度第一回和歌山県認知症疾患医療センター研修会

平成25年8月31日に平成25年度第一回和歌山県認知症疾患医療センター研修会が開催されました。台風15号が近づいており、開催が危ぶまれましたが、風が強かったぐらいで雨もさほど降らず、約300人もの方々に参加していただくことができました。ご参加いただいた方々にはこの場を借りて御礼を申し上げます。当初想定しておりました参加人数を大幅に上回ったため、急遽会場を講堂に変更いたしましたが、音声の具合が悪く、参加者の方々は聞きづらかったかと思います。大変申し訳ありませんでした。

今回の研修会には、東京大学大学院人文社会系研究科、死生学・応用倫理センター、上廣講座特任准教授の会田薫子(あいた かおるこ)先生をお迎えしました。会田先生のご講演の題は「認知症の終末期医療とケア ~胃ろうで生きるということを考える~」。医療技術の進歩によって出現した胃ろうという方法を、認知症の終末期の方にするべきかどうかについて、たいへん詳しくお話いただきました。冒頭の人工的水分・栄養補給法 (AHN)の定義にはじまって、終末期医療の歴史、PEGの適応、外国における認知症患者に対するAHNの考え方などのお話によって、参加者は胃ろうなどの人工的水分・栄養補給法に関する基本的な知識を得、あるいは整理することができたと思います。また米国老年医学会が、最終段階で小さな氷のかけらを与えるのが良い、と提言しているお話は、今日からでも取り入れることのできる方法で、多くの参加者が頷いておられましたのが印象的でした。

後半は倫理的なお話と、法律的なお話をいただきました。東京大学の清水哲郎教授の「人は人生を物語りとして把握している」という言葉、あるいは故河合隼雄先生の「生きるとは、自分の物語をつくること」という言葉を引き合いに、物語(ナラティブ)としての人生のとらえ方について説明いただきました。生命というのは、科学的なデータで説明される生物学的な生命と、物語として、人々との関わりで形成される物語られるいのちがあるという「生命の二重性」理論は、とかく数値のみで患者さんをとらえようとしてしまう医者には耳の痛い話でした。

「高齢者ケアの意志決定プロセスに関するガイドライン」は会田先生も作成に参加されておられますが、このガイドラインに、法律家の方々が実名を出すかたちで多数賛同されたということですが、このガイドラインが実務的にも法的にもいかに適切であるかを示しているかと思います。

お話を通じて、われわれ人間は、多くの固定化した観念や思い込みに縛られているものだ、と感じました。思い込みや他人のやっていることに流されることなく、「正しいこと」を証明し、適切で常識的な形で社会に受け入れてもらい、そして社会を動かしていくプロセスの大切さを会田先生には教えていただいたように思います。お話が終わったあと、私の頭の中では価値観のある部分が、別のさらに洗練されたものに入れ替えられたような感覚がありました。いわばコンピューターのOSがバージョンアップされたような気分でした。

残念ながら会田先生のご講演が聴けなかった方々は、当日のスライド資料や「高齢者ケアの意志決定プロセスに関するガイドライン」、あるいは会田先生のご著書を参考にしていただければと思います。医療関係者の方々は会田先生の「延命医療と臨床現場―人工呼吸器と胃ろうの医療倫理学」や日本老年医学会の「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン 人工的水分・栄養補給の導入を中心として」を是非お読みください。一般の方々には、「本人・家族のための意思決定プロセスノート 高齢者ケアと人工栄養を考える」が大変参考になると思います。

会田先生 スライド資料「認知症の終末期医療とケア ~胃ろうで生きるということを考える~

(文責 廣西昌也)

日本老年医学会編.高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン 人工的水分・栄養補給の導入を中心として.医学と看護社,東京,2012

清水哲郎,会田薫子.本人・家族のための意思決定プロセスノート 高齢者ケアと人工栄養を考える.医学と看護社,東京,2013

会田薫子.延命医療と臨床現場―人工呼吸器と胃ろうの医療倫理学.東京大学出版会,東京,2011

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