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腰痛治療の手術成績向上への取り組み

和歌山県立医科大学医学部整形外科学講座教授 山田 宏
脊椎脊髄 Vol.31,No11 p935-936, 2018

腰痛治療の手術成績向上への取り組みは、私のライフワークのひとつです。Failed back surgery syndromeは、術前の症状が不変、または悪化している状態、もしくは、術前より軽快しているが、日常生活の支障が残存している状態を意味します。以前から他施設の治療に関する不満足症例の受診が多いことに私は関心をもっていました。手術不成功という認識でしたが、果たして、そうであろうかという疑問が常に頭をもたげていました。なぜなら、今の時代において、そうそう手術に失敗することはないからです。また、自験例に関しても、同じ思いを有していました。自分では完璧な手術をしたと思っていても、術後に患者さんの症状がすっきり取れない症例や、まったく症状が残ってしまう症例が、ある一定の割合で存在したからです。そこで思いついたのが、われわれが手術をすべき部位でありながら見逃してしまっている病変、従来の画像診断法では隠されている病変が存在しているのでないかという仮説です。そして、この問題の解決の試みとして、画像診断困難症例の診断精度向上のために3次元画像モダリティーを臨床応用した結果、椎間孔や椎間孔外という、われわれが通常手術を実施してきた脊柱管の外の領域でも比較的高率に神経圧迫が生じているという事実を解明することができました。この新知見を解明してから、私の腰痛治療の手術成績は格段に向上しました。現在、私は、腰痛手術の治療成績のよりいっそうの向上のために、国内外に於いて本疾患の啓発に努めております。
その活動の中で、是非とも実現したいと思っているのが、医学部で用いる教科書や臨床医が参照する診療ガイドラインに腰椎椎間孔狭窄症の章を追記することです。なぜなら、きちんとした医学教育を受けずに育った医者は、やぶ医者になってしまうリスクを有しているからです。やぶ医者の語源については、諺の「藪をつついて蛇を出す」、すなわち、余計なことをして、かえって事態を悪化させてしまうからとする説があるようです(Wikipediaより引用)。以下に実臨床で、やぶ医者が、腰椎椎間孔狭窄症を患っている患者さんを診ることによって、治らないばかりか、かえって新たな病気をつくってしまっている事例、どのような悲劇が生まれているのかを紹介したいと思います。 本疾患の概念が欠如していると、患者さんが、腰部脊柱管狭窄症の手術を受けて治らなくても、執刀医には何も罪の意識が生まれません。術後に撮像したMRIを患者さんに見せて、「手術は完璧です。治らないのはあなたの年のせいです。私の手術が失敗したわけではありません」となるわけです。そして、罪の意識のない医者ほど、性質の悪いものはありません。そういう人たちが決まって誤用するのが、腰椎手術多数回例(MOB:Multiply Operated Back、脊椎脊髄病用語事典改訂第5版2015より引用)の概念です。MOBは、「腰椎疾患の初回手術後に、腰痛や下肢痛などの症状が残存するか、または再燃して、さらに手術的治療(1回以上)を受けたにもかかわらず症状が改善されずに残存している成績不良例のこと」を意味します。Failed back surgery syndromeは同義語として扱われています。この疾患概念のいちばんの問題は、「原因はさまざまであるが、ほとんどの症例で何らかの心因性要因が関与しているとされ、その治療は慎重に行なわれなければならない」と説明されていることです。「除圧術をしても、すっきりしない症例には固定術」というのが、脊椎脊髄外科医にとってのlast resort(最後の手段)ですから、多くの手術失敗パターンは、この経過を辿ることになります。具体的には、第4腰椎変性すべり症の除圧術後の不成功例に、L5-S1高位の椎間孔狭窄症を見逃して、L4-5高位の固定術を追加するというのが典型例です。しかし、当然のことながら、腰椎椎間孔狭窄症を見逃しているから治らない。
複数回の腰椎手術を受けているにもかかわらず、症状が遺残しているか、さらに悪化している患者さんは、どうしても、粘着気質で猜疑心が強く、後ろ向きの性格やうつ傾向になりがちです。心理テストによるアセスメントをすると、大多数の方が陽性所見を示すでしょう。そうなると担当医は、先述した心因性要因に想いを馳せることによって、神経精神科に紹介をしたり、リエゾンに頼ったりするわけです。しかし、「もし自分が患者さんだったら」と仮定して、「手術の失敗を繰り返されているような状況下で、明るく前向きになれますか?」という質問をあらためて自分に問いかけてみたら、読者のみなさんはどう思われるでしょうか?医者を信じて何度も命をかけて手術を受けているのに、そのたびに期待される結果が出なかったら、誰だって医者を信じられなくなるのは当たり前でしょう。医者から「明るく前向きになれ」と言われても、素直に受け入れられるわけがない。そんな患者さんの態度をみて、「この人は性格がゆがんでいるから治らないのだ」と考える医者のほうに問題があることに、みんなもっと気づくべきです。自分の行った医療行為の正当性を疑わない、患者さんにすべての罪をなすりつける自己中心的な論理展開に基づくMOBの説明文の存在は、もっと問題視されるべきと私は考えます。そして、もし「MOB症例がみせる心理面の異常は、患者本来の性格とは切り離して考えるべきである」という一文を追記することができれば、やぶ医者のドクターハラスメントから救われる患者さんが、きっと大勢いるはずです。
いずれにしても、医学生や臨床医のために腰椎椎間孔狭窄症の診断と治療を詳述した成書は存在しません。「医学教育の不備が実臨床で多くの悲劇を生んでいる」といわざるを得ない状況なので、この場を借りて自説を展開させていただきました。読者の皆様の日常臨床を見直すきっかけになれば幸いです。

外科医教育のパラダイムシフト

和歌山県立医科大学医学部 整形外科学講座 山田 宏
Personal view:外科医教育のパラダイムシフト 整形・災害外科 60巻13号 (2017年12月)

外科医に対して高まる超高齢社会のニーズと期待に反して、訴訟リスク(手術結果に対する社会の許容度低下)・3K(過酷な労働環境を避ける風潮)・旧態依然とした指導体制(手術は見て盗め)に嫌気がさしたことに端を発した深刻化する若手医師の外科離れや勤務医不足問題は、日本の医療の死活問題にも直結する重要課題といえます。 このため、その対策は可及的早期に講じなければいけません。私は、どうすれば若者が外科医になること、外科医でありつづけることに夢や希望をもつことができるのかを考え、外科医教育改革をこの場を借りて提言させていただきたいと思います。
私が思うに、現在大半の手術法は確立されていて、標準的な手術は基本的な手技の組み合わせで経験の乏しい若者でも十分完遂可能と考えます。そこへ的確な状況判断さえ与えてやれば、安全確実に達成できます。私の経験上、手技熟練の達成感はなにごとにも代えがたい価値があります。手術をすることの楽しみと喜びを知れば、日常の多少の苦しみやつらさには耐えることができると私は思います。
近年、医学生教育が、国際的に通用する医師を養成するために、見学型から参加型にパラダイムシフトをしたように、外科医教育も、『手術は見て盗め』から、『指導医による手取り足取りの指導』へ変わるべきです。よくこの話をすると、『生まれつきの向き・不向きや器用・不器用があるから、誰にでもメスを持たせるべきではない』と反対意見を述べる方が少なからずいらっしゃいます。そんな時に、私が必ず引き合いに出すのが、次に述べるお箸の例え話です。
「日本人は誰でも器用にお箸を使います。私は、未だかつて、不器用でお箸を使えない日本人にお会いしたことがありません。一方、海外の方にお箸を初めて持たせてみて、最初から器用に使いこなせる人を見たこともありません。」この例え話をすると、生まれつき器用な人や不器用な人はいないということを皆さん理解してくださいます。みんな忘れてしまっていますが、日本人は子供の頃、親から手取り足取り根気よく愛情を持って、お箸の使い方を教えてもらっているので、誰でも器用に使えるようになっているんです。これと同じことが、メスを持つことにも言えるのではないでしょうか?
私は自分が不器用だと信じこみ、医学部卒業時には外科医になることをためらうほどでした。しかし、素晴らしい先輩達に恵まれたおかげで、手取り足取りの指導を受けながら外科医としてすくすくと育つことができました。おかげで30年間大過なく、幸せな外科医人生を送ることができています。この経験に基づいて、『ちゃんと教える人間がいて、手術機会さえ与えれば誰でも手術はできるようになる』というのが私の信条となりました。
医学生教育に続いて、外科医教育にも、『手術は見て盗め』から、『指導医による手取り足取りの指導』へのパラダイムシフトが起これば、きっと外科医志望の若者は増加に転じるに違いないと私は信じています。

固定観念の打破

和歌山県立医科大学医学部整形外科学講座准教授 山田宏
雑誌整形外科Vol.65.No10, p1048, 2014

私の好きな言葉に、『固定観念の打破』というものがあります。ウィキペディアによりますと、本来、固定観念は、固着観念とも云い、心理学の用語で、人が何かの考え・観念を持つとき、その考えが明らかに過ちであるか、おかしい場合で、他の人が説明や説得を行っても、あるいは状況が変わって、おかしさが明らかになっても、当人がその考えを訂正することのないような観念を指すようです。よって、医学の領域において何か新しい画期的な診断や治療法が産み出された時に、この文言を用いるのは誤った使い方かもわかりません。なぜなら、従来実践されてきた医療が全くの間違ったものというのは、基本的には存在しないからです。しかし、『固定観念の打破』という文言が持つ響きは、既存の疾患概念や治療体系に捕らわれずに、常により良いものを目指して医学研究に取り組むもうとする、医師としてのあるべき姿を示しているようで私は好きなわけです。
最近、この固定観念を打破することの大切さを再認識する貴重な経験をすることができました。その機会を与えてくれたのが、ブラジルのPimenta医師によって考案されたXLIF (eXtreme Lateral Interbody Fusion)という新しい低侵襲脊椎手術です。脊椎外科の領域では、手術計画立案時に、前方と後方のどちらのアプローチを選択するかで、しばしば議論になります。双方に利点と欠点があり、どちらが良いという結論は、長年にわたり出ていませんでした。そこへ突然割って入ってきたのが、側方アプローチという全く新しい概念です。前方アプローチには、大血管や内臓器損傷のリスクがあります。一方、後方アプローチには背部筋や神経損傷のリスクがあります。その両者のリスクを回避する目的で開発されたのが、側方アプローチで行うXLIFというわけです。この方法論を用いれば、ひとたび術野を確保すると、基本的には何も怖いものが存在しませんので、迅速且つ確実に椎間操作を実施でき、ほとんど出血を伴いません。また、従来法では困難だった腰椎の前弯形成が容易に行えるので、後弯症の矯正手術において合併症発生リスクの高い骨切り術を回避できます。この手術に出会ってからは、手術リスクが高くて実施を断念してきた高齢者の脊柱変形症例にも安全に取り組むことができるようになりました。本当に良い手術だと思います。
XLIFを初めて知ったときの衝撃は未だに記憶に鮮明に残っています。コロンブスの卵の様に、”言われてみれば確かに!”と思わず、膝を叩いてうなってしまう斬新な発想には身震いするような感動すら覚えました。脊椎外科も成熟してきて、手術手技的には、今後あまり大きな進歩はなさそうだなと高を括っていたところに、”お前はあほか!”と、いきなり頭をガツンと食らわされた感もありました。創意工夫さえ怠らなければ、どんな世界にも常に新しい道が開けてくるものだということを思い知りました。 EBM全盛で、倫理委員会が厳しく目を光らせている先進国では、こんな全く新しい手術方法を開発するのは無理だろうと皮肉を言われる方もおられます。しかし、医師と患者さんの関係は万国共通ですから、決して無茶なことができたから創出できたわけではないと思います。誰から非難されても、きっと良い手術になるに違いないと己を信じて疑わず、大変な苦労を重ねられて産み出された手術であろうと推察します。
いずれにしても、世界中の誰もが前か後ろかしか考えていなかった脊椎手術に、横からという型破りな概念を持ち込んだこと、すなわち、従来の固定観念を打破したPimenta医師の快挙に私はただただ敬服するのみです。そして、同じ医師として、自分もかくありたいと心底思っています。

内外合一活物窮理

和歌山県立医科大学医学部整形外科学講座 山田 宏
臨床整形外科2021年7月号

顕彰碑 「内外合一・活物窮理」は、紀州・和歌山が生んだ在野の偉人であり、「医聖」とも評される華岡青洲(1760年~1835年)の人生訓・医療理念です。青洲が、江戸時代に麻酔薬「通仙散(つうせんさん)」を発明し、全世界に先駆けて全身麻酔下で乳ガン摘出手術を成功させた偉業は、医療関係者なら知らぬ者はいないでしょう。(ちなみに、通仙散の主成分である薬草の曼陀羅華(まんだらげ)は、わが母校、和歌山県立医科大学の校章の意匠になっていて、医大敷地内には「活物窮理」の顕彰碑が建っています。) 私は昔からこの言葉が好きで、次年度に私が会長を仰せつかっている第12回日本成人脊柱変形学会(開催地:和歌山市、期日:2022年3月5日)のテーマとして採用させていただきました。
さて、内外合一とは、「外科を行うには、内科、すなわち患者さんの全身状態を詳しく診察して、十分に把握した上で治療すべきである」という意味です。活物窮理とは、「治療の対象は生きた人間であり、それぞれが異なる特質を持っている。そのため、人を治療するのであれば、人体についての基本理論を熟知した上で、深く観察して患者自身やその病の特質を究めなければならない」という教えです。
本誌「視座」への投稿依頼を頂いた時、私は、この青州の教えを読者の方々へ紹介することが、Evidence-Based Medicine(EBM)最優先の現代医療の考え方へ一石を投じるものになると期待しました。何故なら、EBMは、観察対象となる集団の治療法の優劣であり、個々の患者にとって最良の方法を見出すためのものではないからです。そして、EBMは、あくまで治療法選択時の参考資料と認識し、医師個人のこれまでの臨床経験を生かして患者の病態や特徴など個性を考慮に入れたうえでの判断が必要であると私個人は固く信じているからです。
昨今、多くの識者達が嘆かれているように、ガイドラインやマニュアルに沿った診療しかできない、病気を診て患者を診ない医師が増えているような気がします。現代医療が失った大切なものを取り戻すために必要なのは「内外合一・活物窮理」の精神ではないでしょうか?

The Wakayama Spine Study -何故疫学が重要か?

雑誌整形外科Vol.70,No2, p106, 2019
和歌山県立医科大学医学部整形外科学講座教授 山田 宏

読者の方々は、疫学の語源を学ばれたことがあるでしょうか? 疫学は、ギリシア語のepi (among)、demos (people)、logos (science)に由来するそうです。まさに読んで字の如しで、「ヒト集団の中に何が存在するか?」、あるいは「ヒト集団の中で何が起こっているか?」を探求する学問です。そして近年になり疫学は、Evidence-based medicine (EBM)実践のための情報源であるとともに、根拠を提供する側として、研究を実施するために必須の学問とみなされるようになってきました。 基本的に、どのような疾患においても、教科書の最初に記載されるのは疫学となります。なぜなら、疾患の疫学的実態を把握し、有病率・新規罹患率・自然経過・予後などの各種疫学的指標をもとに危険因子を解明し、予防法を確立しない限り、最適な治療方針は決定できないからです。すなわち、科学的根拠に基づく医療を実践したかったら、疫学は絶対に欠かせないというのが最新医療の趨勢です。
古典的名著であるMOE’S Textbook of Scoliosis and Other Spinal Deformityの編者の一人で、脊柱側弯症の世界的権威でもあった故Winter博士は、自身が担当したNatural History of Spinal Deformityの章の中で、”One cannot study the treatment of disease without first knowing its natural history”と記述しています。もし、私が翻訳を任されるのであれば、「疾患の自然経過を知らずして、その治療法を語るなかれ!」 と、偉大な先駆者からお叱りを受けているかのような響きを含ませざるをえません。それはなぜかを説明するために、われわれの日常臨床に眼を向けたいと思います。
皆さんがご存じのように腰痛と肩こりは、長らく国民生活基礎調査の自覚調査で、男女とも1位と2位を占めています。多くの国民が腰痛と肩こりに悩まされていて、当然この腰痛と肩こりのために病院を訪れる機会も多く、莫大な医療費が投入されていることは想像に難くないと思います。有病者数の多さから国民病ともいえる腰痛と肩こりですが、その主たる原因と考えられる脊椎加齢変性疾患の疫学的実態は長らく不明でした。それゆえ最適な治療選択ができず、不要であるばかりか、有害でさえありうるような治療介入が多数存在しているのが実状です。EBMの重要性を頭の中では十分に認識していながら、実臨床でまったく実践してこなかった、われわれ整形外科医は大いに反省しなければいけません。
このため、和歌山県立医科大学整形外科学講座は国民の皆さんにEBMに基づく医療を提供するために、一般地域住民を対象としたコホート研究であるThe Wakayama Spine Study(WSS)を立ち上げました。WSSは、各種脊椎加齢変性疾患の疫学指標を解明し、最適な治療方針の決定と予防法の確立を目的とするものです。ベースライン調査を2008年から2009年にかけて開始したWSSは、今年度と次年度で10年間の追跡調査を完了し、縦断研究結果の解析に入ります。現在、本講座のスタッフが横断研究結果を中心とした学会発表や論文作成に尽力し、医療関係者の方々への情報提供に努めています。
WSSを通じて、エビデンスレベルの高い脊椎加齢変性疾患の疫学実態を調べることができます。一般地域住民を対象としているので、予測因子の測定バイアスが少なく、誤った結論を導きにくいのが長所と言えます。皆様の今後の日常臨床や研究活動にお役立ていただければ幸いです。