ストレスによる胸腺萎縮の仕組みを解明 児童虐待の客観的評価への応用を目指して

ストレスによる胸腺萎縮の仕組みを解明 児童虐待の客観的評価への応用を目指して

発表日時 令和8年10月22日(木)10時00分~10時45分
場所 生涯研修センター研修室
発表者 本学医学部 法医学講座 教授 近藤稔和
           准教授 石田裕子
         特別研究員 國中由美

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概要

 和歌山県立医科大学法医学講座の研究グループは、マウスを用いた実験により、強いストレスによる胸腺萎縮にCX3CR1という分子が重要な役割を果たすことを明らかにしました。

 胸腺は、免疫を担うT細胞を育てる臓器です。虐待やネグレクトを受けたこどもの剖検例では著しい胸腺萎縮が報告されており、その仕組みの解明は、ストレスの影響を客観的に評価するための基礎になります。

 繰り返し拘束ストレスを与えた通常マウスでは、体重あたりの胸腺重量が約40%減少しましたが、CX3CR1欠損マウスでは減少が約10%にとどまりました。

 CX3CR1欠損マウスでは、免疫細胞「マクロファージ」のFasL発現と胸腺細胞の細胞死も抑えられ、マクロファージを介した細胞死の仕組みが胸腺萎縮に関わることが示唆されました。

 本成果は、児童虐待の客観的評価を目指した科研費基盤研究Bの知見を発展させたものです。将来、強いストレスの影響を評価する補助的な指標の開発につながることが期待されます。ヒトでの検証は今後の課題です。

1.研究背景と目的

 児童虐待の医学的評価では、外傷、栄養状態、生活環境などの情報を総合して判断する必要があります。研究グループは、虐待やネグレクトを受けたこどもの剖検例で胸腺萎縮が報告されていることに着目し、胸腺に残るストレスの影響を分子レベルで捉えることを目指して研究を進めてきました。

 胸腺萎縮には、ストレス時に分泌される副腎皮質ホルモンが関与することが知られていますが、胸腺内の免疫細胞がどのように細胞の減少を促すのかは十分に分かっていませんでした。そこで本研究では、細胞同士の情報伝達に関わるケモカインCX3CL1と、その受容体CX3CR1に注目し、胸腺萎縮の分子機構を調べました。

2.研究方法と結果

 本研究では,8週齢の雄の通常マウスと、CX3CR1遺伝子を欠損させたマウスを用い、1日3時間の拘束を3日間繰り返す実験を行いました。胸腺の重量と組織構造、遺伝子・タンパク質の発現、細胞死、血中のストレス関連ホルモンを比較しました。

 拘束ストレス後には、胸腺のマクロファージでCX3CL1とCX3CR1の発現が増加しました。通常マウスでは体重あたりの胸腺重量が約40%減少しましたが、CX3CR1欠損マウスでは減少が約10%にとどまり、組織構造の変化も軽減しました。さらに、通常マウスで増加したFasLの発現と胸腺細胞の細胞死は、CX3CR1欠損マウスで抑えられました。

 通常マウスでは、ストレス後に副腎皮質ホルモンのコルチコステロンが増加しましたが、CX3CR1欠損マウスでは有意な増加が認められませんでした。脳の視床下部にある免疫細胞「ミクログリア」にもCX3CR1が検出され、胸腺内の反応と全身のストレス応答が連動する可能性が示唆されました。ただし、脳内のCX3CR1がホルモン応答を直接制御するかどうかは、今後の検証が必要です。

図1

3.研究の意義とまとめ

 本研究成果は、虐待に伴う強いストレスの影響を分子レベルで捉え、虐待診断の有効な手がかりとなる可能性を示しています。マウスを用いた実験により、CX3CR1に関連するマクロファージのFasL発現と胸腺細胞の細胞死が、ストレス性胸腺萎縮に関わることが示唆されました。これにより、虐待やネグレクトを受けたこどもの剖検例で認められる胸腺萎縮について、その背景にある分子機構を検討するための基礎的知見が得られました。

 今後、ヒトの胸腺組織などでCX3CR1やFasLの変化を検証することで、胸腺の重量や形態の評価に分子指標を組み合わせ、虐待に関連するストレスの影響をより客観的に評価できる可能性があります。本成果は、外傷所見だけでは判断が難しい事例においても、虐待の補助的診断を支える新たな医学的証拠の探索につながるものと期待されます。ヒトでの有用性や感染症・栄養不良などとの鑑別を検証し、他の所見と総合して評価することが、実用化に向けた今後の課題です。

4.論文情報

論文名:CX3CL1–CX3CR1 axis promotes restraint stress-induced thymic involution through macrophage-mediated thymocyte apoptosis

著 者:Yuko Ishida, Yumi Kuninaka, Mizuho Nosaka, Akiko Ishigami, Naofumi Mukaida, Toshikazu Kondo

所 属:Department of Forensic Medicine, Wakayama Medical University, Wakayama, Japan
(和歌山県立医科大学 法医学講座)

DOI:10.3389/fimmu.2026.1930342

掲載誌:Frontiers in Immunology, 17:1930342(2026年9月15日公開)

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