地域と連携した健康づくりカリキュラム

紀南地方への訪問実習 中辺路研修会

目的

地域住民や、地域の保健師、地域の医療を支える医療従事者からお話を伺うことで、「地域と連携した健康づくり」について考える。

概要

対象 全学生に公募して希望のあった15名
(内訳:1年次生4名、2年次生6名、3年次生2名、3年次編入生3名)
日時 平成20年11月8日(土)〜11月9日(日) 1泊2日
場所 霧の里たかはら
住所 和歌山県田辺市中辺路町高原826
指導教員 5名
研修内容 1日目(11月8日)
中辺路町高原地区住民との地域散策・講話・交流会
保健師活動についての講話
(田辺市保健師とみなべ町保健師の講話)
南和歌山医療センター病院長、看護部長の講話
2日目(11月9日)
熊野古道散策

(1) 中辺路町高原地区住民との地域散策・講話・交流会
 研修先は本学から南へバスで約3時間の紀伊山地、熊野古道で有名な田辺市中辺路町。ほとんどの学生は初めて訪れる地であり、和歌山の広さと自然の豊かさに改めて感動した。研修場所はさらに車の対向に不安を感じる細い山道を登った、わずか42世帯、人口78名の高原地区。標高300mの山の中腹に位置し、中辺路の町並みを眼下に見下ろすことができる。地理的な特性から天候条件が揃えば、霧(雲海)が魅力的なところである。
 まず、中辺路町高原地区の住民と、地元の歴史と文化を知り尽くした語り部に高原地区を案内していただいた。辺り一帯が樹木や棚田で、雄大な自然の絶景が楽しめ、空気が非常においしく、心身が落ち着いていくのを感じられた。さらに、語り部からは地元の歴史や史跡の説明があり、世界遺産熊野古道を五感で感じることができた。
 約1時間くらいの散策の後、高原地区の住民から、高原地区での暮らしについてのお話を伺った。林業が主な産業である高原地区での暮らしは、時代の移り代わりとともに変化している様子がうかがえた。林業が衰退していく中、地球温暖化対策の一環として和歌山県では「緑の雇用事業」で、林業従事者への住宅確保をしているが定住しないことや、専業農家では生活できないので兼業農家が多いこと、高齢者は畑仕事をしながら年金生活を送っていること等、地域特性や暮らしぶりについて説明を受けた。また、熊野古道が世界遺産になったことにより観光客が増え、お土産品販売や語り部のボランティア等をする人が必要となった。高原に住む78名のほとんどが高齢者であるが、元気に高原地区のために活動されており、いきがいとなっているようであった。学生は、里の味がつまった手作りのよもぎもちのおもてなしを受け、いきいきと話してくださる住民の方々からエネルギーをたくさん頂いた。
 高原での生活は、山の中腹であることから、坂道が多く身体への負担が大きいこと、
交通の不便さ、大きな病院が近くにないことから受診が遅れたり、すぐ診てもらうことができないという不安等、決して十分ではない。しかし、それ以上に高原の自然や人のつながりを大切にされ、いきいきと生活を豊かに送ることができており、病気の有無だけではない健康観について改めて学生は考えることができた。
(2) 保健師活動についての講話
(1) 田辺市中辺路行政局梅原真由子保健師の講話
 高原地区は旧中辺路町に位置し、現在は市町村合併により田辺市となっている。今回、田辺市中辺路行政局で保健活動をされている新人の梅原保健師から説明を受けた。中辺路町は人口約3,400人、年間出生20人と少なく、高齢化率の高い地域での保健活動の取り組みについて学んだ。住民とともに作り上げた“健康なかへち21計画(中辺路ライフプラン)”が合併後に一元化された“元気たなべ2007”が策定され、今後、中辺路町では住民の声を聞きながら、住民と共に新しいまちづくりに取り組んでいくということであった。
 学生は、先の高原地区の住民の方々からの説明と関連させて、人々の生活の中での疾病の予防やいきがいづくりが、健康に深く関わっていることを理解し、人々の健康を守るためには保健師による保健活動が今後ますます重要となることを学んだ。
(2) みなべ町大谷佐良子保健師の講話
 みなべ町は田辺市の隣に位置し、梅の生産日本一で有名な町である。国保の診療費が県下最低で、保健活動も地域に密着した活発な取り組みを実践されている町である。今回は、旧南部川村から長年保健活動に取り組んで来られたベテランの大谷保健師から説明を受けた。現在、特定健診・保健指導で実施されているメタボリックシンドローム対策の具体的な保健指導や健康教育の内容を紹介していただいた。住民向けのお話や媒体にはいくつもの工夫があり、人の心を動かせる魅力が感じられた。
 学生は、市町村合併しても、法律が変わっても、そこに生活する人々にはこれまでと同じように変わらぬ生活があり、保健師はいつも住民の目線、立場に立って保健活動を行っていくことが必要であるということを学んだ。
(3) 南和歌山医療センターの病院長、看護部長の講話
 南和歌山医療センターは、昭和20年に国立病院として設立され、平成16年に独立行政法人化された、紀南地方の地域医療の中核を担っている病院である。国立病院からの経過、独立行政法人化された後の病院経営(電話医療相談、緩和ケア病棟・新型救急医療センター開設等)、患者中心の思いやりのある医療の提供、地域支援病院としての機能、地域に密着した健康講座の開催等の取り組みについて、病院長と看護部長から説明を受けた。
 学生は、常に患者をはじめ地域住民の声を聞き、ニーズを取り入れた医療の提供を確実に実践されていることに感銘し、そこから医療の本質を学ぶことができた。さらに、リーダーシップに必要な条件として、「情熱・笑顔・君子は和して同せず」という3つの言葉をいただき、将来あらゆる方面で活躍する看護専門職業人としての姿勢をイメージすることができた。
(4) 熊野古道散策
 小雨降る中、熊野古道を散策した。コースは、牛馬童子口バス停〜近露王子〜野中の清水までの約2.6kmで、いにしえの古道の雰囲気を味わうことができた。

学生の感想

  1.  保健師は地域の人の病気の予防のために地域に出向いて働いている。保健師は、地域の住民によって育てられているという相互作用があることが分かった。保健師は、地域住民の生活背景や家族背景を把握し、一人ひとりと向き合うことで、保健師と住民の間で信頼関係が築かれ、深い絆が生まれるのだと思う。また、語り部さんのお話を聞かせていただいたときも、とても元気でいきいきしているなと思った。その姿からは、地元に対して大きな誇りをもっていることを感じさせられ、住民の生活について学ぶことが出来た。(1年次生)
  2.  保健師という仕事は、地域の人々とたくさん話をしてたくさん交流することができ、深く付き合っていけば、地域の方々の悩みまで共有することが出来る、責任のある重要な仕事だと思う。地域の方の不安や悩みをともに解決でき、一緒に喜ぶことが出来るような保健師になりたい。(1年次生)
  3.  今の自分に足りないと感じたことが「自分の感性を言語化する」ということ。この言葉は南和歌山医療センターの病院長が言われた言葉なのだが、なぜ自分はこの行動を取ったかなど、根拠を持って相手に伝えるということを示している。この言葉を胸にこれから看護に対する学びを一層努力していけるようにしたい。(2年次生)
  4.  中辺路の人々は自然や伝統を大切に、信じるものを持って生きているということがよく伝わってきた。熊野古道や壮大な自然は大きな幸せを呼んでいて、人々もそれらと一緒に生きているんだと感じた。しかし、信念が強い分、様々な新しいこと(健診や新しい医療等)も受け入れられなかったり、馴染めなかったりするのかも知れない。医療者として私たちはまずその人々の信念を理解することが必要で、その上でその人々と同じくらい熱い信念を持って進めていかなければならないと感じた。今回で学んだように、様々な人々の価値観を知りながら私にできることをもっと考えていきたいと思った。(3年次生)
  5.  自然や季節の移ろいを感じ、人と人との間で生活する事で人間は人間として健全に暮らせる。現代人が見失ってしまっているこのことを喚起し、紡ぎ、個人の自発的活動と地域住民の自助活動に導いていくことが地域看護のエッセンスであり、これからも私たち医療者に課せられた使命であると感じた。(3年次編入生)

成果と今後の課題

 今回の中辺路研修によって、地域に暮らす人々の様々な生活様式、価値観に触れることができ、学生は人間の理解をより深め、コミュニケーション能力を高めることができた。さらに、子どもから高齢者までの地域住民の生活や健康の実態に即したニーズをつかみ、保健・医療・福祉の現場で求められる看護職の役割について考えることができた。
 1泊2日と短い研修期間ではあったが、座学では得ることができない、地域で暮らす人々の健康について多くを学ぶことができた。しかし、研修プログラムは教員で計画し、実習内容は見学や聴講が主であった。今後は、学生が主体的に企画立案することや、一部の学生の学びから保健看護学部全体での学びの共有、さらに、他の類似する地域医療を学ぶ研修や実習と総合して地域医療における看護職の役割をまとめることにより学生の学びを豊かにし、地域住民に期待される保健看護ニーズに合わせた看護職を育てることが求められる。また、学生教育に留まらず、大学と保健活動や医療・看護活動の現場との連携を密にした実践的実習を継続して行うことで、地域の活性化に貢献することが期待できる。
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