研究内容

 研究概要スライド(PDFファイル)

がん支持療法・緩和医療のサイエンス

高齢化により日本人の2人に1人はがんに罹患すると言われていますが、がん治療の進歩に伴い、生存率は格段に向上し、今やがんと共に生きる(がんとの共生)時代となっています。そのような状況の中、がんやがん治療に伴う様々な症状、合併症、副作用等を如何にコントロールしつつがん治療を継続し、住み慣れた地域でいつも通りの社会生活を送ることができるかが問題となっています。私たちは、がん支持療法・緩和ケアに焦点をあて、がんそのもの、あるいはがん化学療法や分子標的薬で治療中の患者に生じる様々な有害事象(痛み・しびれ、末梢神経障害、口内炎、褥瘡、食欲不振、悪液質、認知機能障害など)の問題点や解決への糸口を臨床データから炙り出し、実験動物や培養細胞を用いた基礎研究でそれらの病態メカニズムの解明、ターゲット分子や予防/治療薬の探索を行います。最終的には、病院の診療科等との共同研究により臨床試験にまで持ち込み、その研究成果を実用化することを目指しています。

1. がん化学療法誘発性末梢神経障害(Chemotherapy-InducedPeripheralNeuropathy:CIPN)

 がん化学療法で用いられる抗がん薬のうち白金製剤(シスプラチン、オキサリプラチンなど)や微小管阻害薬(パクリタキセルなどのタキサン系抗がん薬など)やプロテアソーム阻害薬(ボルテゾミブなど)などは、副作用として四肢末端のしびれ、感覚異常、感覚障害や痛みなどの症状を呈する末梢神経障害(CIPN)を高率に誘発することが知られています。CIPNに対するガイドライン等も国内外から発表されていますが、残念なことに、CIPNに対する効果的な治療法や予防法はほぼなく、重篤になった場合には、原因薬剤の減量や休薬、あるいは中止に至ることもあります。また、がん治療終了後、数カ月~年単位で持続することもあり、がんサバイバーの悩みのタネになっています。
 私たちは、CIPN予防/治療薬開発に向け、これまで複数のストラテジーで研究を行ってきました。特に既に承認されている医薬品の中から、CIPN予防/治療薬候補となる薬物を再発掘する「ドラッグ・リポジショニング」の考えのもと、複数の候補薬を見出してきました。本研究では、これらの候補薬を用いた臨床試験を実施するために必要な基礎データを収集するとともに、更なるCIPN予防/治療薬候補の発掘に望みます。

2. がん化学療法誘発性口腔粘膜炎(Chemotherapy-Induced Oral Mucositis:CIOM)

 がん治療に伴い高頻度に口腔粘膜炎(CIOM)が発生し、その頻度は通常のがん化学療法で30~40%、造血幹細胞移植前に行われる移植前処置(大量の抗がん薬を使用)では、70~80%、抗がん薬と頭頚部への放射線治療併用時でほぼ100%と報告されています。CIOMによる口腔内の疼痛、違和感、出血、開口障害、咀嚼障害、嚥下障害、味覚障害などにより患者のQOLは大きく低下します。さらに、重症化に伴い、食べることも飲むこともできなくなり、栄養状態の悪化や脱水症状に陥り、全身感染症のリスクが高まり、がん治療を中止せざるをえないこともあります。
 一般的な口腔ケアのほか、痛みが強い場合にはオピオイドを含む鎮痛薬や麻酔薬が用いられることもありますが、有効な予防/治療法はありません。これまでに、漢方薬の1つである半夏瀉心湯を用いてうがいをすることにより、ある程度、CIOMの持続期間が短くなることが報告され、現在、よく用いられるようになりましたが、その効果は限定的で、CIOMの発生率には影響を与えず、特に重度のCIOMには有効性に乏しいなど問題点も沢山あります。私たちはこれらの問題を克服すべく、粘膜炎局所に高濃度の半夏瀉心湯活性成分を長時間留まらせることができるよう、半夏瀉心湯軟膏製剤を開発してきました。本研究では、この成果を臨床に還元すべく臨床試験の実施を目指すととももに、さらに有効性の高いCIOM予防/治療薬の探索を行います。

3. 薬剤誘発性褥瘡の予防・治療薬の開発

 褥瘡(床ずれ)は、長期臥床などによる自重や医療機器などによる圧迫で生じる皮膚ないし下床の組織損傷です。がん患者の褥瘡発症率は、一般の入院患者(1%前後)と比較して高く、6.7~13%程度と報告されています。その発生機構ととして、圧迫による骨と皮膚表層の間の一定時間の血流低下により、不可逆的な虚血性障害が原因と考えられています。しかし、特に終末期がん患者では、対策を施しても予防は難しく、また、治療も難しいとされており、痛みの軽減、滲出液や臭いの管理、局所感染等の悪化防止が対処法とされています。
 本研究では、がん患者の褥瘡予防/治療法の開発を目標に、褥瘡動物モデルを用い、がん化学療法薬による影響を検討するとともに、予防/治療薬候補の有効性を検討することを予定しています。

多疾患に共通する慢性炎症および酸化ストレスに着目した基礎-臨床研究

 高齢者が罹患する疾患の多くは、慢性炎症や酸化ストレスが関与すると言われています。また、自己免疫疾患、肥満やがん等、全く異なる疾患であっても、共通して慢性炎症が生じ、病態の形成や悪化に繋がっていると考えられています。このような慢性炎症や酸化ストレスの亢進に中心的な役割を果たすミエロイド系細胞(好中球・単球・マクロファージなど)は、これらの疾患時にミエロイド系細胞増産に偏向した造血(myelopoiesis)によって産生されることが報告され、共通の疾患原因として注目されています。私たちは、ヒト検体およびマウスモデルを用いて多疾患に共通するミエロイド系細胞増加の機序を追究し、慢性炎症および酸化ストレスを制御することにより症状の軽減あるいは予防可能な創薬を目指して、基礎および臨床研究を実施します。

 

認知症の病態メカニズムの解明と予防/治療薬の開発

 超高齢社会の現代において認知症患者は増加しており、有効な治療法の確立が望まれているものの、未だに認知症の病態機構は完全には解明されていません。私たちはヒトで実際に認められる病態を手掛かりに、病態モデルマウスや神経細胞・グリア細胞の培養系を用いた実験を組み合わせることで、その病態解明と治療薬創出を目指すリバース・トランスレーショナルリサーチを行います。

1. がん関連認知機能障害 (cancer-related cognitive impairment: CRCI)

がん患者では高頻度で認知機能障害が認められることが知られています。そこで抗がん薬投与によりCRCIモデルマウスを作製し、CRCIの病態解明と予防/治療薬の探索を行います。

2. せん妄

超高齢社会の現代の終末期医療において、せん妄は解決すべき課題となっています。外科的処置や薬物投与によるせん妄モデルマウスを用いて、せん妄発症時の脳機能変化を解明し、治療薬創出を目指します。

3. 老化

アルツハイマー病を含む、認知症を伴う多くの疾患において老化・加齢が危険因子となっています。そこで私たちは老化・加齢が進行する過程に着目し、老化が認知症に及ぼす影響を研究します。