研究テーマ
Theme

私たちは、
病気の中に潜んでいる分子の異常を様々な手法を用いて解明し、
病気の診断や治療の開発を目指しています。

1.がんの微小環境における免疫スラム状態の打破

免疫療法の新しいターゲットとしての乳酸(図1)

図1 がん微小環境における免疫スラム状態の打破

がん周囲には、多くの免疫担当細胞が集積しているにもかかわらず、これらの免疫担当細胞は、がんを攻撃除去することなく共存します。それ故、がんは、周囲の免疫細胞を何らかの方法で、変調し、制御していると考えられます。私たちは、このようながんの免疫環境を免疫スラムと呼んでいます。がん細胞周囲では、IL-23-IL17経路が著しく亢進し、がん細胞の増殖に寄与していることが報告されています (1, 2)。IL-23-IL17経路の活性化は、がん周囲への炎症、血管造成、組織の再構築を誘導することで癌細胞の増殖を促進すると考えられます。私たちは、がん細胞によって大量に分泌される乳酸が、Toll-like receptor リガンドにより活性化した単球/マクロファージに働いてIL-23p19サブユニットの発現を亢進させ、IL-23分泌を促進することを見出しました (3, 4)。また、乳酸は、M2様マクロファージを誘導し、がん微小環境の免疫応答を制御していることを示しています (5)。がん細胞は、通常酸素状態においても、解糖系を亢進し、大量の乳酸を産生します(Warburg効果)。現在、その乳酸シグナル機構を分子レベルで解析し、実際の臨床での乳酸シグナルの関与を検証しています (6, 7)。

2.補体関連疾患の病態解析

補体に起因する疾患は、大きく3つに分類されます(図2)。

図2 補体に起因する疾患

1) 補体を活性化できない疾患 2) 補体の異常な活性化が引き起こされる疾患 3) 補体を含むタンパク質複合体が蓄積する疾患です(8)。私たちは、これまで、2)の疾患として、補体の活性化を制御できない発作性夜間ヘモグロビン尿症 (Paroxysmal nocturnal hemoglobinuria, PNH) と血栓性微小血管症(Thrombotic microangiopathy, TMA)の病態を解析してきた。PNHは、細胞膜表面のタンパク質と細胞膜をつなぐGlycosylphosphatidylinositol (GPI) と呼ばれる糖脂質が、造血幹細胞において、後天性に欠損し、欠損した細胞が何らかの理由により拡大する疾患です (9)。GPIの欠損した赤血球は、GPIアンカー型蛋白である補体制御因子 (DAF, CD59) が欠損するために、感染時などに、自己補体から攻撃され溶血します。私たちは、GPIを欠損した造血幹細胞が、なぜクローナルに拡大するかを解析してきました (10)。現在、造血幹細胞におけるPIGA遺伝子の異常によるGPI欠損 (ステップ1)、再生不良性貧血でおこるような免疫的な機序により、その免疫的な攻撃に抵抗性のGPI欠損細胞の選択 (ステップ2)、さらなる拡大のために、GPI欠損造血幹細胞に新たな異常が起こり、良性腫瘍的に拡大 (ステップ3) という3つのステップが関与していると考えています(図3)。

図3 発作性夜間ヘモグロビン尿症の病態

最近、PIGA遺伝子以外の遺伝子によって引き起こされる自己炎症を伴うPNH (PIGT-PNHとPIGB-PNH)を発見し、これらの疾患においても、 ステップ3のクローナルな拡大メカニズムが関わっていることを大阪大学との共同研究で明らかにしました (11, 12)。最近、私たちは、新たな補体関連疾患の解析を行っています。1)に関する疾患として、通常、易感染性を引き起こしますが (13)、レクチン経路に関わる補体関連因子異常で神経発達障害をきたす3MC症候群、3)に関する疾患としてC3腎症と同様に、抗体非依存性にC3を含む補体複合体が皮膚基底膜に沈着する顆粒状C3皮膚症の病態メカニズムの解析 (14)を、現在精力的に行なっています。

<参考論文>

がんの微小環境における免疫スラム状態の打破

  1. 1. 井上徳光、大橋敏充、赤澤隆 乳酸によるIL-23/IL-17産生誘導と免疫制御 臨床免疫・アレルギー科 2013; 60(6): 581-588.
  2. 2. 大橋敏充、井上徳光、青木光広: 頭頸部腫瘍におけるWarburg効果と腫瘍内M2マクロファージ 癌と化学療法 2020; 47(1): 6-10
  3. 3. Shime, H., Yabu, M., Akazawa, T., Kodama, K., Matsumoto, M., Seya, T., Inoue, N. Tumor-secreted lactic acid promotes IL-23/IL-17 proinflammatory pathway. J. Immunology 2008; 180(11): 7175-7183.
  4. 4. Yabu, M., Shime, H., Hara, H., Saito, T., Matsumoto, M., Seya, T., Akazawa, T., Inoue, N. IL-23 dependent and -independent enhancement pathway of IL-17A production by lactic acid. Int. Immunology 2011; 23(1): 29-41.
  5. 5. Ohashi, T., Akazawa, T., Aoki, M., Kuze, B., Mizuta, K., Ito, Y., Inoue, N. Dichroloacetate improves immune dysfunction caused by tumor-secreted lactic acid and increases antitumor immunoreactivity Int. J. Cancer 2013; 133(5): 1107-1118.
  6. 6. Ohashi, T., Aoki, M., Tomita, H., Akazawa, T., Sato, K., Kuze, B., Mizuta, K., Hara, A., Nagaoka, H., Inoue, N., and Ito, Y.: M2-like macrophage polarization in high lactic acid-producing head and neck cancer Cancer Sci 2017; 108(1): 1128-1134.
  7. 7. Ohashi, T., Terasawa, K., Aoki, M., Akazawa, T., Shibata, H., Kuze, B., Asano, T., Kato, H., Miyazaki, T., Matsuo, M., Inoue N., Ito, Y. The importance of FDG-PET/CT parameters for the assessment of the immune status in advanced head and neck squamous cell carcinoma. Auris Nasus Larynx, 2020; 47(4): 658-667.

補体関連疾患の病態解析

  1. 8. 井上徳光 最近注目の補体関連疾患 和歌山医学 2020; 71(4):129-137
  2. 9. Inoue, N., Murakami, Y., Kinoshita, T. Molecular Genetics of paroxysmal nocturnal hemoglobinuria. Int. J. Hematology 2003; 77(2); 107-112.
  3. 10. Inoue, N., Izui-Sarumaru, T., Murakami, Y., Endo, Y., Nishimura, J., Kurokawa, K., Kuwayama, M., Shime, H., Machii, T., Kanakura, Y., Meyers, G., Wittwer, C., Chen, Z., Babcock, W., Frei-Lahr, D., Parker, C. J., Kinoshita, T. Molecular basis of clonal expansion of hematopoiesis in two patients with paroxysmal nocturnal hemoglobinuria (PNH). Blood 2006; 108(13): 4232-4236.
  4. 11. Höchsmann B, Murakami Y, Osato M, Knaus A, Kawamoto M, Inoue N, Hirata T, Murata S, Anliker M, Eggerman T, Jäger M, Floettmann R, Höllein A, Murase S, Ueda Y, Nishimura JI, Kanakura Y, Kohara N, Schrezenmeier H, Krawitz PM, Kinoshita T. Complement and inflammasome overactivation mediates paroxysmal nocturnal hemoglobinuria with autoinflammation. J Clin Invest. 2019; 129(12): 5125-5136.
  5. 12. Langemeijer S, Schaap C, Preijers F, Jansen JH, Blijlevens N, Inoue N, Muus P, Kinoshita T, Murakami Y. Paroxysmal nocturnal hemoglobinuria caused by CN-LOH of constitutional PIGB mutation and 70-kbp microdeletion on 15q Blood Ad. 2020 Nov 24;4(22):5755-5761
  6. 13. Ikeuchi, K., Okamoto, K., Inoue, N., Okugawa, S., Moriya, K. Chronic Disseminated Gonococcal Infection in a Japanese Man with Novel C5 Gene Mutation. J Clin Immunol 2021
  7. 14. 橋本隆、金澤伸雄、井上徳光、鶴田大輔:特集 まるわかり!自己炎症性疾患 GCD/自己炎症性水泡症 MB Derma 2020; 293: 63-69
トップへ