リチウムイオンを選択的に透過するイオンチャネルの作製に成功
双極性障害治療薬が神経細胞に侵入する仕組みの解明に向けた第一歩

| 発表日 | 令和8年2月20日(金) |
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研究成果のポイント
- 双極性障害治療薬の有効成分であるリチウムイオンが神経細胞に侵入する仕組みに関する研究
- リチウムイオンを選択的に通すイオンチャネル作製に世界で初めて成功
- 電気生理学的解析※1とX線結晶構造解析※2を組み合わせることで、イオンチャネルがリチウムイオンを高い効率で透過する構造基盤を提唱
研究概要
和歌山県立医科大学 薬学部薬品物理化学研究室の入江 克雅 准教授と医学部薬理学講座の真栄田 有紀 博士課程学生、および小島 健太郎 学部学生(薬品物理化学)、西谷友重教授(薬理学講座)、中津 亨教授(薬品物理化学)らの研究グループは、双極性障害治療薬の有効成分であるリチウムイオンが神経細胞に侵入する仕組みの解明を目的として、リチウムイオン選択性を向上させたイオンチャネルの創出に世界で初めて成功しました。
神経活動は複雑な調節を受けており、その調節の微妙な変化により様々な障害が生じます。イオンチャネルは神経活動の元となるイオン電流を発生させる分子であり、特定のイオンを細胞内に流入させることで神経活動を調節します。双極性障害の第一選択薬である炭酸リチウムは血中でリチウムイオンとなり、イオンチャネルを介して神経細胞に侵入すると考えられています。しかし、イオンチャネルがリチウムイオンを透過する仕組みはこれまで不明でした。
本研究では、リチウムイオンを選択的に透過するイオンチャネルを人工的に作製することに成功しました。そして電気生理学的解析と結晶構造解析を組み合わせることで、イオンチャネルがリチウムイオンを高い効率で透過するために必要な構造基盤を見出しました。本研究成果は、炭酸リチウムが双極性障害の治療効果を発揮するための分子基盤について、構造的な知見を初めて与えるものです。本研究で創生されたリチウムイオン選択性イオンチャネルを利用することで、リチウムの生体および細胞に対する作用機序のさらなる解明が期待されます。
この研究成果は、2026年2月20日付で米国科学誌「Journal of General Physiology(JGP)」に公開されました。
研究背景
双極性障害(躁うつ病)は100〜500人に約1人が発症する神経疾患であり、気分の高揚と落ち込みを繰り返すことが特徴です。このような両極端な気分と行動の変化は日々の生活のなかで負担となり、社会的にも大きな損失を生じます。炭酸リチウムは双極性障害の第一選択薬であるとともに、近年ではアルツハイマー病やミトコンドリア病などの広範な神経疾患への治療効果が期待されています。炭酸リチウム由来のリチウムイオンは、イオンチャネルを介して神経細胞内に侵入することで、神経活動を調節すると考えられています。しかし、通常はナトリウムイオン※3のみを透過する神経細胞のイオンチャネルが、薬剤由来のリチウムイオンについても高い効率で透過できる理由は長らく不明でした。
研究の内容
本研究では構造解析が進んでいる原核生物のイオンチャネルを使用し、リチウムイオン選択性が大きく向上したイオンチャネルの創生に成功しました。そしてその構造解析を行うことで、イオンチャネルがリチウムイオンを高い効率で透過する構造基盤を初めて提唱しました。

まず、イオンの通り道を人工的に変異させたイオンチャネルを培養細胞に発現させ、様々なイオンの通りやすさを電気生理学的に解析しました。その結果、元々はナトリウムイオンよりも低かったリチウムイオンの選択性が、ナトリウムイオンの選択性を大きく上回り、変異前の約3倍もの効率でリチウムイオンを透過することが分かりました。これは、世界初となるリチウムイオンを選択的に透過するイオンチャネルになります。

さらに、このリチウムイオン選択性チャネルの結晶を作製し、X線結晶構造解析を行うことで、タンパク質の立体構造を1ナノメートル以下という原子レベルの分解能で観察しました。血中のイオンがイオンチャネルを通り抜ける際、イオンは周囲の水分子をイオンチャネルと交換する必要があります。本研究によって、この水分子の交換回数が少なく、イオン-イオンチャネル間の静電相互作用が強力であることが、リチウムイオンの高い透過効率の構造基盤として見出されました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、今後様々な神経疾患への治療薬として期待されるリチウムが神経細胞に侵入するための構造基盤を初めて報告するものです。神経疾患治療の改善に貢献するだけでなく、イオンチャネルが特定のイオンを透過する仕組みの解明につながります。リチウムの生物学的作用はまだまだ不明な点が多く、近年では産業廃棄されたリチウムイオン電池などを由来とする環境リチウムの生体への悪影響に関する懸念が増しています。今回創出されたリチウムイオン選択性イオンチャネルは、リチウムイオンを選択的に細胞内へ流入させることができるため、特定の組織や細胞種におけるリチウムイオンの作用の解明に向けた強力なツールとなることが期待されます。
用語説明
※1 電気生理学的解析
微小電極を使用して、細胞や生体組織における電位や電流の変化を測定・記録する手法。細胞や組織の電気的な特性や、イオンチャネルなどの電流を生み出す分子の性質を調べるために用いられる。
※2 X線結晶構造解析
タンパク質の構造解析手法の1つ。X線をタンパク質の三次元結晶に照射して回折像を収集し、そのデータをコンピューターによって解析することで、タンパク質の立体構造を得る手法。
※3 ナトリウムイオン
血中に存在するイオンのうち、塩化物イオンと並んで大部分を占めるイオン。ナトリウムイオンがイオンチャネルを介して神経細胞内に流入することで、神経の電気活動が開始される。
論文情報
雑誌名:Journal of General Physiology(JGP)
タイトル:Structure-function analysis of the lithium-ion selectivity of the voltage-gated sodium channel
DOI:10.1085/jgp.202513855
著者:Yuki K. Maeda1, 2, Kentaro Kojima2, Tomoe Y. Nakamura1, Toru Nakatsu2, Katsumasa Irie2
所属:
1 和歌山県立医科大学医学部薬理学講座
2 和歌山県立医科大学薬学部薬品物理化学
なお、本研究のX線結晶構造解析におけるX線解析実験は、高輝度光科学研究センター(JASRI)の認証を得て(2016B2721、2017B2735、2018B2710)、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL41XUとBL32XUを用いて行われました。また、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム事業(BINDS)(JP22ama121001、JP23ama121001)、科学研究費助成事業(17K17795、20K09193、24K02168)、武田科学振興財団、住友電工グループ社会貢献基金、公益財団法人発酵研究所(G-2021-2-020)、ソルト・サイエンス研究財団(202403)の支援を得て行われました。
英文校正は、和歌山県立医科大学臨床研究センターのBoard-Certified Editor in the Life Sciences (BELS)であるBenjamin Phillis氏の協力を得て行われました。
問合せ先
<研究に関する問合せ>
公立大学法人和歌山県立医科大学 薬学部薬品物理化学研究室
准教授 入江 克雅(いりえ かつまさ)
<報道に関する問合せ>
公立大学法人和歌山県立医科大学 事務局広報室
TEL: 073-447-2300(内線5731)
E-mail: kouhou@wakayama-med.ac.jp