妊娠高血圧腎症もアルツハイマー病と同じ アミロイドβが原因だった

| 日時 | 令和8年2月17日(火)14時00分~14時45分 |
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| 場所 | 生涯研修センター研修室 |
| 発表者 |
本学医学部 生化学講座 准教授 西辻和親 |
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ポイント
- 妊娠高血圧腎症の方の胎盤には、アルツハイマー病患者脳に沈着するものと同じアミロイドb(Ab)の凝集体が沈着していることを確認しました。
- ヒト胎盤のモデル細胞やヒト胎盤由来初代培養栄養膜細胞がAbを産生することが分かりました。ヒト胎盤はしばしば低酸素状態に曝されます。低酸素状態では、胎盤の細胞によるAβ産生が増加することが分かりました。
- ヒト胎盤における細胞性栄養膜細胞は分化して合胞体栄養膜細胞となります。この過程は合胞体化と呼ばれます。合胞体栄養膜細胞は妊娠の維持に非常に重要であると考えられています。妊娠高血圧腎症の方の胎盤に沈着するようなAbの凝集体により、細胞性栄養膜細胞から合胞体栄養膜細胞への分化が妨げられることが分かりました。
- 一方、胎盤が形成される妊娠初期には、細胞性栄養膜細胞は絨毛外栄養膜細胞に分化します。絨毛外栄養膜細胞は胎児側から母体側に浸潤し、らせん動脈のリモデリングなどの重要な役割を果たしますが、このような絨毛外栄養膜細胞の浸潤には妊娠初期の生理的低酸素状態が必要であると考えられています。今回の研究により、凝集していないAbは非常に低濃度において、絨毛外栄養膜細胞の浸潤を促進することが分かりました。
- 妊娠高血圧腎症の確実な治療は妊娠の終結しかないため、今回の研究により、Abの過剰な産生や異常な凝集を標的とした新しい治療戦略の開発が期待されます。
1.背景
妊娠高血圧腎症は妊娠高血圧症候群の病型のひとつであり、妊娠20週以降に初めて高血圧を発症し、タンパク尿も出ますが、出産後12週までに軽快します。ただし、タンパク尿がなくても、肝臓や腎臓の機能障害、脳卒中や神経障害(子癇発作)、血液凝固検査の異常や血小板低下(血液凝固障害)、胎盤の機能低下による胎児の発育不全(子宮胎盤機能不全)などを認めた場合は、妊娠高血圧腎症と診断されます。現在のところ根本的治療はなく、治療の基本は妊娠終結となっております。妊娠高血圧腎症の原因はよく分かっていませんが、子宮で胎児に栄養や酸素を供給する重要な臓器である胎盤がキーとされています。つまり、胎盤がうまく形成されないことや胎盤の働きが低下することが妊娠高血圧腎症の発症と密接に結びついています。
一方、アルツハイマー病は、異常に凝集し、アミロイド線維となったAbが脳に蓄積し、脳が萎縮することを特徴とする脳の疾患です(アミロイド線維、Abについては、用語説明を参照)。最近の研究から、妊娠高血圧腎症の患者さんの胎盤でもAbの蓄積が見られることが分かってきましたが、Abの蓄積が胎盤にどのような悪影響を及ぼすかは分かっていませんでした。今回の研究により、胎盤に蓄積するAbの異常な凝集体が、胎盤の機能に必要な細胞性栄養膜細胞から合胞体栄養膜細胞のへ分化を妨げることが分かりました。また、凝集していないAbは脳内で何らかの生理的作用を持つと考えられていますが、今回の研究により胎盤でも生理的作用を持つことが示唆されました。
2.研究成果
妊娠高血圧腎症の患者さんの胎盤にAbが蓄積していることは海外のグループから報告されていますが、アルツハイマー病患者脳におけるAb線維の沈着ほど一般的に知られているわけではありません。今回の研究では、まず妊娠高血圧腎症の患者さんの胎盤に、異常に凝集したAbが沈着していることを確認しました。
ヒトの胎盤には大きく分けて3つの栄養膜細胞があります。細胞性栄養膜細胞、細胞性栄養膜細胞が分化した絨毛外栄養膜細胞と合胞体栄養膜細胞です。ヒト胎盤は、妊娠期間中に低酸素状態に曝されることがあります。妊娠初期の胎盤は低酸素状態にありますが、これは生理的な現象であり、このような生理的低酸素状態は、絨毛外栄養膜細胞の胎児側から母体側への浸潤と、らせん動脈のリモデリングに重要であると考えられています。二つ目はらせん動脈のリモデリング不全や何らかの原因により、妊娠中期から後期の間に低酸素状態に曝される可能性であり、これは病的な低酸素状態となります。
妊娠高血圧腎症胎盤にAbが沈着していましたが、胎盤の細胞が実際にAbを作るのかどうかはまだ分かっていません。虚血性脳血管障害では脳への血流不足に伴い低酸素状態が生じますが、低酸素状態で活性化される低酸素誘導因子(HIF-1a)はAbの産生に必要な酵素であるb‐セクレターゼ(BACE-1、用語説明を参照)の発現を上昇させることが知られています。我々は、妊娠期間中に起こりうる病的な低酸素状態に着目しました。まず、妊娠高血圧腎症胎盤ではHIF1-aが誘導されており、BACE-1の発現も上昇していることが分かりました。細胞性栄養膜細胞のモデルであるBeWo細胞を低酸素状態で培養したところ、BACE-1の発現が上昇するとともにAbの産生も増加することが分かりました。したがって、妊娠中期から後期における病的な低酸素状態下では細胞性栄養膜細胞周囲で局所的にAb濃度が上昇し、Abの異常な凝集につながることが示唆されました。
次に、凝集したAbが実際に細胞性栄養膜細胞に悪影響を及ぼすかどうかについて、BeWo細胞とヒト胎盤から単離した初代培養細胞性栄養膜細胞を用いて調べました。BeWo細胞はフォルスコリンと呼ばれる薬剤により合胞体化する性質を持っているため、胎盤のモデル細胞としてよく用いられます。合胞体化、すなわち合胞体栄養膜細胞への分化は、ヒト絨毛性ゴナドトロピンbサブユニット(b-hCG、妊娠の維持に不可欠なホルモン)やシンシチン-1(ヒトの胎盤形成と維持に不可欠なタンパク質)の誘導により、評価します。試験管内で調製したAbアミロイド線維で処理したBeWo細胞では、これらのホルモンやタンパク質が誘導されなくなったため、合胞体化がうまく出来なくなることが分かりました。細胞間接着に必要なE-カドヘリンやタイトジャンクションタンパク質1(ZO-1)といったタンパク質が細胞の表面の細胞膜に局在することが、合胞体化には必要です。Abアミロイド線維で処理した細胞では、これらのタンパク質の細胞膜への局在が見られなくなりました。初代培養細胞性栄養膜細胞でも同じ結果が得られました。これらの結果は、胎盤の細胞の機能に対しAbアミロイド線維が悪影響を及ぼすことを強く示唆しています。
一方、実験を進めていく過程で、胎盤のもう一つの細胞である絨毛外栄養膜細胞のモデル細胞(HTR8-SVneo)もBeWo細胞に比べて少ない量でありながら、Abを産生することが分かりました。HTR-8/SVneo細胞によるAb産生も低酸素培養により増加しました。妊娠初期における生理的な低酸素状態は、絨毛外栄養膜細胞の浸潤に重要であることが分かっています。そこで、低酸素状態により増加したAb(この場合は凝集していないAbです)が絨毛外栄養膜細胞に対し善玉として働く可能性を考えました。HTR-8/SVneo細胞の浸潤能についてマトリゲルアッセイを用いて評価したところ、ナノモーラー程度の非常に低濃度のAbの存在下でHTR-8/SVneo細胞の浸潤能が有意に上昇することが分かりました。
アルツハイマー病患者脳で沈着する異常なAb凝集体であるAbアミロイド線維が胎盤の細胞性栄養膜細胞に対し、悪玉として働くことが分かりました。また一方で、凝集していないAbが胎盤において生理的機能を有する可能性が示唆されました。
今回の発見は、和歌山県立医科大学医学部生化学講座・池﨑みどり助教、森乃絢修士、荒川実結学士、福嶋桃学士、井原義人教授、同産科婦人科・西岡香穂助教、岩橋尚幸講師、堀内優子講師、溝口美佳講師、藤野めぐみ学内助教、井箟一彦教授、大阪公立大学大学院医学研究科老化・認知症制御学寄附講座・富山貴美特任教授、フランス国立科学研究センター・リール大学・内村健治研究ディレクターとの共同研究の成果です。また、本研究の遂行にあたり、多くの激励を賜りました恩師・森啓先生(前長岡崇徳大学学長)に感謝申し上げます。
3.波及効果
妊娠高血圧腎症の確実な治療は妊娠の終結しかないため、新規治療法の開発が急務となっております。今回の研究により、Abの過剰な産生や異常な凝集を標的とした新しい治療ストラテジーへの発展が期待されます。
4.研究サポート
本研究は科学研究費補助金・科研費 基盤研究C(課題番号23K08853、19K09784、22K09601、20K09605)、国際共同研究強化A(課題番号20KK0371)、2019年度及び2020年度 和歌山県立医科大学特定研究助成の支援を受けて実施されました。
5.用語説明
- アミロイド:ナイロンに似た線維状の異常タンパク質。アミロイドの元となるタンパク質の種類に拘わらず、共通の構造を持っています。全身の様々な臓器や組織に沈着し、神経変性疾患、透析アミロイドーシスなど多くの疾患の原因となります。
- アミロイドb(Ab):脳内で作られるペプチドの一つ。健常な脳でも産生されるが、Ab同士がくっついて(凝集して)アミロイドとなり、脳に溜まると認知機能や記憶能力が障害され、アルツハイマー病になります。
- Abはどのようにして作られるのか:Abはアミロイド前駆体タンパク質が、b‐セクレターゼ(BACE1など)とg‐セクレターゼと呼ばれる二つの酵素による二段階の切断を受けることにより、作られます。本研究では、1回目の切断を行うBACE1に着目しました。
- 合胞体化:複数の細胞が融合して、複数の核を持つ一つの大きな細胞(合胞体)になる現象。胎盤の細胞性栄養膜細胞は合胞体化し、合胞体栄養膜細胞に分化します。
- 合胞体栄養膜細胞:栄養素と酸素の交換、ホルモンの産生と分泌、免疫防御に重要であり、その機能不全、形成の障害はさまざまな妊娠合併症の原因になることがあります。
- マトリゲル浸潤アッセイ:細胞の浸潤能(がん細胞の転移能力など)や分化能を評価するためによく用いられる実験手法。マウスの腫瘍から抽出された細胞外基質成分を豊富に含むゲル状物質であるマトリゲルでコートしたフィルターを使用し、細胞がマトリゲル部分を通過する能力を調べます。
- ナノモーラー:濃度を表す単位で、1 ナノモーラーは1リットル中に1 ナノモル(6.02×1014 個の分子)が含まれていることを表します。
6.掲載情報
著者:Kaho Nishioka, Midori Ikezaki, Naoyuki Iwahashi, Miyu Arakawa, Momo Fukushima, Noa Mori, Mika Mizoguchi, Yuko Horiuchi-Tanizaki, Megumi Fujino, Takami Tomiyama, Yoshito Ihara, Kenji Uchimura, Kazuhiko Ino, Kazuchika Nishitsuji
論文名:Amyloid-β fibrils accumulated in preeclamptic placentas suppress cytotrophoblast syncytialization
掲載誌:Life Science Alliance (2026年1月20日付けの電子版に掲載)
DOI: 10.26508/lsa.202503453
URL: https://www.life-science-alliance.org/content/9/4/e202503453
本研究成果は、Rockefeller University Pressからプレスリリースされ、科学系ニュースサイトで取り上げられました。
https://www.eurekalert.org/news-releases/1113293
https://medicalxpress.com/news/2026-01-alzheimer-disease-protein-linked-preeclampsia.html
https://healthcare-in-europe.com/en/news/alzheimers-disease-amyloid-beta-preeclampsia.html
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