多発地ALSの臨床的・病理学的特徴
ALS多発地の疫学的特徴
わが国の紀伊半島古座川地区、穂原地区、Guam島南部、West New Guinea
は1960年代の調査でALSの頻度が世界の他地域に比し、10〜100倍に及ぶこと
が報告された。これらの地域は、地質学的に西太平洋を南北に縦断するMariana
火山帯上に位置する。有病率が紀伊半島古座川地区1963年(木村ら)73.9/10
万人、紀伊半島南部その他の地域でも33.3〜20.0/10万人(荒木ら 1967)と高く、
穂原地域では152.7/10万人(松本 1967)と報告されている。環境要因の病因へ
の関与が検討され、Guam島、kii半島多発地区では共通して年間降雨量が多く
強い酸性土壌を示し、土壌、生活用水中のCa、Mgの低値、Mn、Al等有害元素の
高値が認められた。その後これらの多発地域では、1970年代から患者の発症が
減少し、1980年代には他地域の数倍程度まで激減した。
最近の再調査では紀伊半島全体では他地域への移住・転出なども関連して、
地域的差の解消に向かいつつあるが、やはりなお紀伊半島中南部で高い年間
発症率を示している(Yoshida et al. 1998)。
一方穂原地域では最近の調査でなお極めて高い有病率(100倍)と発生率
(1995〜1997年 87.1/10万人)が示され、同胞、親子での発症が多く浸透率の
低い優性遺伝と推察されている(葛原,1999)。
Guam島、紀伊半島の多発地ALSの特徴は一般的には
1)家族内発症が多く、
2)生存期間が他地域より長く、
3)痴呆などの精神症状を合併する頻度が高い。
4)同じ地域、同じ家系内にParkinson 痴呆症候群や精神症状を示す例
が高頻度にみられることである。
詳述すると、紀伊半島古座川地区と穂原地区では、やや臨床的・病理学的特
徴が異なる。
紀伊半島古座川地区の臨床像は、
1)典型的ALS病像と臨床経過を示すもの、
2)典型的臨床像を示しながら10年以上の長期経過を示すもの、
3)臨床像も不完全で経過の長いもの
に分類される。
初発症状は上肢に始まるものが半数以上で下肢、球症状が次に続く。
家族内発症は明らかでなく、近親婚はむしろ少ない。
穂原地区ALSは臨床的には
1)下肢発症が半数以上を占め
2)ALS症状に加え精神症状、
3)錐体外路症状(パーキンソン症状)を示す例が多く、
4)全患者の70%以上に家族内発症がある。
穂原地区ALSのこれらの特徴はGuam島のALS/PD と極めて類似する(Yase
1972,1975)。穂原地区では、患者の両親に近親婚がないことから、極めて
浸透率の低い優性遺伝形式が推定されている。
多発地ALSの病理学的特徴
多発地ALSの病理学的特徴は、弧発性ALSと同様
1)上位・下位運動ニューロン障害を認め、
2) Alzheimer 神経原繊維変化(NFT,図1)を海馬のAmmon角、大脳
皮質、大脳基底核、脳幹部に広汎に認める。
3)顆粒空胞変性(図2)は多発地ALSの海馬に認められる
4)老人斑を認めないことがAlzheimer病とは異なる。

↑図1 ↑図2
NFTの出現の程度はGuam ALS/PDでもっとも多く、葛原らの穂原地区のKii
ALS/PDでも極めて多い。古座川地区Kii ALSではこれらの例ほど多くはない。
NFTの主要な構成成分は異常リン酸化されたtauでありより弱い程度に
b-amyloid protein, neurofilamentを含む。異常リン酸化tauが蓄積するその他の
疾患、すなわちAlzheimer病、frontotemporal dementia、 PSP、 corticobasal
degeneration、 Pick病をまとめて、タウ異常症(tauopathy)として共通の病因
或いは変性機序が推察されている。
文献
1)木村潔、八瀬善郎、東雄司、宇野修司、山本和雄、岩崎正夫、津本一郎、
杉浦実、吉村真平、川口宏、浪川清、久村静司、岩本省司、山本勇、
半田順俊、矢田満、矢田洋、神崎正里、中井清三、宇都宮晴久:筋萎縮性
側索硬化症の研究(I)紀伊半島における地理医学的・疫学的及び遺伝学的
研究(そのI)精神経誌、65, 31-38, 1963
2)荒木淑郎、岩橋良彦:紀伊半島における筋萎縮性側索硬化症(ALS)の疫学
調査. 臨床神経、4, 272, 1964
3)葛原茂樹:紀伊半島のALS-parkinsonism-dementiaの家族性発症例. 神経
内科,50,
137-145, 1999
4)Yoshida.S, Y.Uebayashi, T.Kihira, J.Kohmoto, I.Wakayama, S.Taguchi, Y.Yase
:Epidemiology of motor neuron disease in the Kii Peninsula of Japan,
1989
-1993:Active or disappearing focus? J Neruol Sci 155, 146-155, 1998
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