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癌の予後不良と化学療法耐性にかかわる新たな機構を発見

発表日時 令和4年8月19日(金)11:00~11:30
場所 和歌山県立医科大学 生涯研修センター研修室(図書館棟 3階)
発表者 生化学講座 准教授 西辻和親

ポイント

  • p53 凝集体の沈着が見られるp53 変異型高異型度漿液性卵巣癌患者は予後不良であることが分かりました。
  • 一般的なp53 免疫染色の染色パターンにより、p53 凝集体陽性の患者を抽出できる可能性が示唆されました。
  • これまでの我々の研究から、癌細胞から分泌されたp53 凝集体は受け手細胞側の正常なp53 の機能を妨げることが分かっていました。今回の研究により、癌細胞から分泌されたp53 凝集体は受け手細胞におけるプラチナ製剤の効果を抑制することが分かりました。
  • 今回の研究により、有用な治療標的遺伝子が見つかっていないp53 変異型卵巣癌などにおいて、特にp53 凝集体を標的にした治療や予後予測のストラテジーの開発が期待されます。

1.背景

TP53 はヒトのがんで最も多く変異が見られるがん抑制遺伝子ですが、近年、癌細胞においてTP53 遺伝子産物であるp53 タンパク質が凝集体を形成することが分かってきました。このようなp53 凝集体は、アルツハイマー病などの神経変性疾患で沈着する他のアミロイドと共通する性質を示し、国際アミロイドーシス協会命名法委員会アミロイド命名法2020 でもアミロイド形成タンパク質の一つとして触れられています。神経変性疾患で見られるようなアミロイド凝集体が野生型あるいは変異型p53 タンパク質により形成されることが分かってきました。我々は以前、このようなp53 凝集体(p53 アミロイド)のプリオン様伝播が細胞表面のヘパラン硫酸糖鎖により仲介されることを報告しました(Iwahashi et al., PNAS,2020)。一方で、p53 アミロイドの沈着が癌病態にどのような影響を及ぼすのかについては、詳しく分かっていません。本研究では、90%を超える症例でTP53 遺伝子変異が見られる高異型度漿液性卵巣癌についてp53 アミロイド陽性症例の探索と予後解析を行い、高異型度漿液性卵巣癌由来細胞株を用いて同疾患で問題となるプラチナ製剤耐性獲得におけるp53アミロイドの役割について解明を試みました。

2.研究成果

変異型p53 タンパク質は日常の病理診断業務で行う免疫組織化学的検査において、抗p53抗体による免疫染色パターンに基づいて同定することができます。野生型のp53 タンパク質は細胞内で比較的速やかに分解されるため、免疫組織化学的染色での同定が困難となりますが、一方で、変異型p53 タンパク質は様々な要因により分解機構が阻害されているため、変異型に依存して陽性像が観察されます。また、p53 が全く検出されない症例もあり、そのような症例もp53 変異型に分類されます。我々はまず、高異型度漿液性卵巣癌の症例をp53 免疫染色パターンに基づき、野生型p53、p53 陰性、p53 核強陽性、p53 細胞質/核陽性の4 つに分類しました。その内、後者の3 種類をp53 変異型とし、各パターンにつき予後解析を行いました。その結果、p53 細胞質/核陽性の高異型度漿液性卵巣癌症例の予後は全生存率、無病生存率ともに有意に不良であることが分かりました。さらに興味深いことに、これらのp53 細胞質/核陽性症例の細胞質内で見られるp53 は凝集体を形成していることが判明しました。これらの結果はp53 凝集体がp53 変異型癌の予後不良に強く関与していること、また病理診断で日常的に行われているp53 の免疫組織化学的検査によりp53 凝集体陽性の症例が抽出可能であることを示唆しています。
我々は以前の研究において、p53 変異型癌細胞がp53 凝集体を細胞外に放出すること、またこのようなp53 凝集体を取り込んだ細胞では紫外線照射による細胞死が起こりにくくなっており、正常なp53 の機能が妨げられていることを報告しました(Iwahashi, PNAS, 2020)。一方で、このようなp53 凝集体が高異型度漿液性卵巣癌などでよく用いられるプラチナ製剤に対する耐性獲得に寄与しているのかどうかは分かっておりません。プラチナ製剤の抗がん作用にはp53 の機能が深く関与しているため、我々はp53 凝集体を取り込んだ細胞ではプラチナ製剤に対する感受性が低下しているのではないかと考え、検証を試みました。その結果、予想した通り、癌細胞が細胞外に放出するp53 凝集体を取り込んだp53 野生型の癌細胞はプラチナ製剤に対する感受性が低下しますが、p53 凝集体の取り込みを競合的に阻害した癌細胞ではそのようなことが起こらないことが分かりました。これまで、癌細胞内で形成されたp53 凝集体が正常なp53 を癌細胞内で凝集体に取り込むことによりp53 機能障害を引き起こす可能性は示唆されてきました。本研究は細胞間を伝播していくp53 凝集体がプラチナ製剤に対する耐性獲得に寄与する可能性を世界で初めて示唆したものになります。
今回の発見は和歌山県立医科大学医学部生化学講座・池﨑みどり助教、井原義人教授、同産科婦人科・岩橋尚幸助教、野口智子助教、西岡香穂学内助教、井箟一彦教授、熊本大学大学院生命科学研究部細胞病理学講座・菰原義弘教授、藤原章雄講師、同脳神経内科学講座・植田光晴教授、近畿大学医学部ゲノム生物学教室・西尾和人教授、坂井和子講師、フランス国立科学研究センター リール大学・内村健治研究ディレクターとの共同研究の成果です。

3.波及効果

本研究と我々の以前の報告とを併せ、p53 凝集体がp53 変異型の癌の予後に強く影響する可能性が示唆されました。今回、研究対象とした高異型度漿液性卵巣癌では遺伝子治療の対象となるようなドライバー遺伝子が見つかっていないことが問題となっています。今後、このようながんでp53 凝集体を標的とした新しい治療ストラテジーの開発が期待されます。

4.研究サポート

本研究は科学研究費補助金・基盤研究( 20K09605 、22K09623 、19K09784 、JP18K16776)、公益財団法人 鈴木謙三記念医科学応用研究財団・二国間国際共同研究助成、公益財団法人 持田記念医学薬学振興財団・研究助成金、和歌山県立医科大学特定研究助成、公益財団法人 神澤医学研究振興財団・研究助成金による支援を受けて実施されました。

5.用語説明

  • p53:がん抑制タンパク質。様々なストレスに対する細胞応答の起点になることにより、がんの発生と進展を抑制する。
  • アミロイド:ナイロンに似た線維状の異常タンパク質。アミロイドの元となるタンパク質の種類に拘わらず、共通の構造を持つ。全身の様々な臓器や組織に沈着し、神経変性疾患、透析アミロイドーシスなど多くの疾患の原因となる。

参考文献

Naoyuki Iwahashi, Midori Ikezaki, Taro Nishikawa, Norihiro Namba, Takashi Ohgita, Hiroyuki Saito, Yoshito Ihara, Toshinori Shimanouchi, Kazuhiko Ino, Kenji Uchimura, and Kazuchika Nishitsuji
"Sulfated Glycosaminoglycans Mediate Prion-like Behavior of p53 Aggregates"
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
2020 Dec 29;117(52):33225-33234, DOI number: 10.1073/pnas.2009931117 https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2009931117

6.発表雑誌

Naoyuki Iwahashi, Midori Ikezaki, Yoshihiro Komohara, Yukio Fujiwara, Tomoko Noguchi, Kaho Nishioka, Kazuko Sakai, Kazuto Nishio, Mitsuharu Ueda, Yoshito Ihara, Kenji Uchimura, Kazuhiko Ino, Kazuchika Nishitsuji
"Cytoplasmic p53 aggregates accumulated in p53-mutated cancer correlate with poor prognosis"
PNAS Nexus (米国東部時間 2022 年 7 月 25 日付けの電子版に掲載)
DOI number: 10.1093/pnasnexus/pgac128
https://academic.oup.com/pnasnexus/advance-article/doi/10.1093/pnasnexus/pgac128/6649660