ALSの薬物療法の現状

                                                          T.Kihira  2003/3/6

             ALSの原因が明らかでない現状では、効果的な薬物治療は期待できないと考えられるが、
            病因仮説に基づいた薬物治療の可能性について、現時点での知見を報告する。


           抗グルタミン酸薬物

             興奮性神経細胞死の仮説から、グルタミン酸拮抗薬riluzole(rilutek)が使用されている。
            薬剤投与の初期あるいは疾患初期に投与すると、延命効果が示された。
             gabapentinは、グルタミン酸系の抗てんかん薬として開発され、アメリカでは認可されてい
            るが、MillerらによりALSの患者における上肢脱力を遅延させる可能性が報告された。大人で
            900mg/day分3(あるいは300mg/day分3)から始め、暫時増量する。1日総量1800〜2400mg
            まで。効果は明らかでないとの結果もある。副作用は倦怠感、疲労感、目眩等である。その他、
            側鎖型アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)は神経系内でグルタミン酸の脱水素化酵素を
            活性化し、グルタミン酸の分解を促進すると考えられた。臨床試験の結果、効果は否定的。
             新しい抗けいれん薬である、topiramateがanti-excitotoxic効果を有すると考えられた。神経
            細胞からのglutamate放出を減少させ、glutamate recepter(AMPA/kinate recepter)をブロック
            するとされる。脊髄器官培養系を用い、glutamate transportを薬理学的に阻害する実験系で
            topiramateの効果を検討した。topiramateを3週間の投与後、運動神経変性の有意な減少を
            認めた。しかしながら、G93A miceでは効果がなかった(Maragakis NJ, Rothstein JD.
            Neurosci Lett, 2003, 338, 107-10)。
             鎮咳薬として知られるdextromethorphaneは、グルタミン酸のNMDAを介する受容体を阻害
            する薬剤と考えられ、14例のALS患者に150mg/dayあるいはplaceboの臨床試験がなされ、12
            週間後の評価がなされた。Fig.1参照、評価はNorris score, Plaitakis et alのbulbar and spinal
            scoreを使用。投与群とplacebo群で上記scoreに有意差を認めなかった。さらに300mg/day
            6ヵ月間のopen trialが続行されたが、relative number of axons, compound muscle action
            potentials, 及び臨床症状に効果は認めなかった(@Askmark H, et al., J Neurol Neurosurg
            Psychiatry, 1993, 56, 197-200)。最近、再度ALS患者にdextromethorphan 150mg/dayを
            randamized, double-blind, placebo-controlled studyを行った報告では、45例の登録があり、
            12ヵ月後の評価では、placebo群では15例(65%)、dextromethorphan群では12例(55%)の生
            存があり、肺機能とfunctional disabilityの評価では両群とも同様のdeclineであったとの報告が
            なされている(Gredal O. et al. Acta Neurol Scand, 1997, 96, 8-13)。


            抗遊離基薬物

             Caイオンの神経細胞内における緩衝蛋白として、カルビンディン、パルボアルブミンが知られ
            る。細胞内Caイオンが過剰に増加すると、遊離基産生酵素が活性化され、細胞の変性死滅へ
            と細胞の代謝が転換する。phospholipase, xanthine oxidaseはsuperoxideを主体とした遊離基
            産生を促し、nitric oxide synthase(NOS)はNOなどの遊離基を産生する。遊離基の増加に対す
            る治療薬としてVitamin C, Eが知られるが、治療効果はないとされる。N-acetylcysteineは遊離
            基清掃薬であるが、ALSの第2相臨床試験で一定の効果が示唆された。Selegilineは遊離基清
            掃薬として知られるが、ALSの臨床試験では効果なし。
             分子工学的に作成されたヒトSOD1のintrathecal pumpによる脊髄髄腔内投与は家族性ALS
            の2例と非家族性ALS14例で6ヵ月間の持続投与がなされた。安全性には問題ないが、治療効
            果なし。


            アポトーシス抑制薬

             anti-apoptotocまたはneurorescuing agentsと呼ばれる。
             creatineは正常ヒト、神経筋疾患患者において筋力を増加することが報告されている。28例
            のALS患者に運動遂行と最大随意等尺性筋収縮(MVIC)を指標に、creatine 20g/day 7日間
            服用後、3g/day 3-6ヵ月継続服用させた。7日後のMVICはknee extensorsで70%、elbor flexos
            で53%の患者において増加した。Fatigue testでも32-39%の患者で改善を示した。6ヵ月後の経
            過観察では、これらの筋力評価は徐々に低下した(Mazzini L, et al., J Neurol Sci 2001, 191,
            139-44.)。
              ALS症例の一部で、筋mitochondria呼吸鎖酵素欠損を示すものがあり、mitochondrial DNA
            depletionによると考えられている。しかし、運動皮質でのミトコンドリア異常については知られて
            いない。Vielhaberらは、ALS大脳運動皮質においてミトコンドリア機能異常の存在の可能性と、
            さらに経口投与creatineの効果を検討した。creatineはミトコンドリア酸化的リン酸化を刺激し、
            部分的な呼吸鎖抑制に効果があると考えられる。creatineは脳内にBBBを越えて侵入し、低下し
            たN-acetylaspartate(NAA)レベルを増加させると考えられる。creatine投与後の運動皮質での
            N-acetylaspartate(NAA)/creatine(Cr(t))及びNAA/choline比を(1)H NMR-visible metabolites
            として観察した。ALS15例ではmotor cortexのNAA/Cr(t)代謝物比が正常15例に比し低下し、
            ALSにおけるNAAの低下が示された。creatine投与後は、正常ではNAA/Cr(t)、NAA/Choline
            代謝物比が低下するが、ALSでは変化がない。creatine補充療法はALSのmotor cortexにおいて
            低下したNAAとcholineを増加させる効果があると報告された(Vielhaber S, et al, Exp Neurol, 2001,
            172, 377-82)。
             しかし、Droryの報告ではcreatine投与は無効とされた。即ち、進行期のALS患者14例に
            creatineを5g/day服薬させ、呼吸機能forced vital capacity(FVC)、forced expiratory vorume
            (FEV(1))、peak expiratory flow rate(PEF)、maximum voluntary ventilation(MVV)を観察した。
            投与後1、2、3及び4ヵ月後のこれらのデータでは改善を認めなかった(Drory VE, Amyotrophic
            lateral sclerosis other Motor Neuron Disord, 2002, 3, 43-6)。
             最近、Zhang W.らは、SOD1 tg miceにおいてcreatineとminocyclineのcombinatorial therapeutics
            がneuroprotectiveな効果があると報告した。いずれも経口投与でBBBを越え、安全性も示されて
            いるため、臨床試験の準備が進んでいる。Tg mouse(G93A)に2%creatineを含む飼料を3週令
            mouseに投与、minocycline 22mg/kg bw/dayをintraperitoneallyに投与(Zhang W., Ann Neurol.
            2003, 53, 267-70)。
             Neurorescuing/antiapoptotic効果が期待される薬剤として、(-)-deprenylが知られている。
            パーキンソン病ではMAO-B阻害薬として既に使用されているが、上記の効果はそれとは別個に
            考えられている。(-)-desmethyldeprenyl活性を有すると考えられるが、代謝されてamphetamine
            methanphetamineになり、神経保護作用をもつ。CGP3466(dibenzo[b,f]oxepin-10-ylmethyl-
            methyl-prop-2-ynyl-amine)は構造的に(-)-deprenylに由来し、実質的にはMAO-B, MAO-A
            阻害作用をもたないし、amphetaminesへ代謝されない。Glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase
            など解糖系酵素に結合し、apoptosisを阻害し、神経保護作用を発揮する。(-)-deprenylの効果の
            100倍の作用をもつとされる。PC12培養細胞での栄養因子枯渇によるapoptosisを有意に減少させ、
            小脳顆粒細胞のcytosine arabinoside投与によるapoptosisの抑制、ラット杯中脳dopaminergic細胞
            のMPP+暴露による細胞死の抑制効果、ヒトneurobrastoma cellにrotenone暴露による細胞死抑制
            効果などが知られている。In vivoの動物実験では、0.0003-0.1mg/kg p.o.ro s.c.投与でラット顔面
            神経切断後の細胞体の保護効果、一過性虚血後のrat CA1neuronsの保護、MPTT投与ラットでの
            黒質dopaminergic cellの細胞死抑制効果が認められる。ALS model-mouse(progressive motor
            neuronopathy)でも体重の保持、運動機能の改善、生存期間延長効果が示されている。病理検索
            でもミトコンドリアの保護と運動神経細胞の残存が示されている(Waldmeier PC, et al. J neural
            Transm Suppl, 2000, (60), 197-214, Novartis.com)。
             カスパーゼ抑制がALSに効果があるかもしれないとの仮説から、zVAD-fmkをSOD1(G93A)mice
            に脳室内投与し、発症遅延と生存率を認めた報告がなされている。さらにzVAD-fmkはcaspase-1
            活性の抑制のみならずcaspase-1, -3 mRNA up-regulationをも抑制した(Li M, et al. Science 2000,
            288, 335-9)。ただし、アポトーシスカスケードの最終実行蛋白であるcaspase-3発現を免疫組織学
            的にALS脊髄で検討した報告では、その発現増強を認めていない(中野今治、神経変性疾患に関
            する調査研究、2002)。


            抗炎症作用薬

             ALSの病因仮説として、glutamate-mediated excitotoxicityとfree radicalsの蓄積によるoxidative
            damageが想定される。Cyclooxygenase-2(COX-2)はprosstaglandins産生を通してastrocyteから
            のグルタミン酸放出のトリガーとなり、さらに活性酵素を産生する。DrachmanらはALSの脊髄器官
            培養モデルにおいてCOX-2阻害薬SC236を適応し、運動神経脱落を有意に抑制できることを報告
            した(Drachman DB, Rothstein JD, Ann Neurol, 2000, 48, 792-5)。さらにtg mouse(G93A)に
            cyclooxygenase 2 inhibitor(celecoxib)をmice飼料に混入し(1500 parts per million)、脊髄の
            prostaglandin E2の含量を測定、投与群で有意なE2産生抑制を認めた(Fig 1)。さらに、運動機能
            脱落の発症を遅延し、生存期間の延長(25%)(Fig 2)と脱力・体重減少発症の遅延を認めた。
            病理検索でもcelecoxib投与マウス脊髄では脊髄神経細胞の保存とastrocyteの増生抑制、
            microglia活性化の抑制が認められた(Drachman DB, et al. Ann Neurol, 2002, 52, 771-8)。
             ALS患者においては、proinflammatrory enzymeとしてのcyclooxygenase(COX)-2が患者脳・
            脊髄、及びALS model miceで増加しているとの報告がされた(McGeer PL et al., Muscle Nerve,
            2002, 26, 459-470)。COX-2は炎症カスケードの酵素であり、また正常の神経活性を有する酵素
            であることから、ALS治療薬としての可能性が検討された。予防的にCOX-2阻害薬nimesulideを
            SOD1 mice, G93Aにおいて飼料に混入投与した実験では、神経症状発症の遅延と脊髄での
            prostaglandin E2の増加抑制を認めた(Pompl PN, et al., FASEB J, 2003, Feb 5)。Rothsteinらの
            グループも、tg miceを使用しCOX-2阻害薬の有用性を検討した。臨床試験としては日本では
            メロキシカムとして既に商品化されているが、ALSに対する二重盲検法による治験の計画が進行
            中である。Definiteあるいはprobable ALS患者を対象とし2群に分け、1群にはriluzole 100mg/day
            + プラセボ、2群にはriluzole 100mg/day + メロキシカム 10mg/day服用とし、治験期間6ヵ月、
            AppleのALSスコアとALSQOL-11、MUNEで評価する(荒崎ら)。


            神経栄養因子

             神経栄養因子は、生体に極微量存在する蛋白因子で、神経細胞の発生、増殖、分化、再生過程
            を調節していると考えられている。AnandらはALS脊髄前角においてciliary neurotrophic factor
            (CNTF)の減少を示した。CNTF、BDNF、GDNF等の臨床試験では1、2相試験で副作用の程度は
            軽度とされたが、3相試験で筋力・肺活量に改善を認めなかった。CNTFでは第3相での副作用が
            強く、脱力・肺活量低下・食欲不振・体重減少がみられた。BDNFでは皮下注射で投与され、BBBを
            通過することなくNMJより取り込まれる。最近では髄腔内投与がなされ、安全性は示された。髄腔内
            投与の副作用として、一過性の四肢麻痺を認める。効果はCNTF、BDNF、GDNFとも臨床症状改善
            をもたらさなかった。