私は今年で50才になる、歌と絵そして花の好きなとっても明るいお兄さんです。
私は34才の時突然右手がぶるぶる震えだし病院にいった所、病院の先生がおっしゃるには(振戦という病気)しかしその病院でもらった薬を飲んでもあまり効果も見られずそこで和歌山県労災病院で受診して頂いた結果、病名がわかりました。
(パーキンソン氏病)と言う、その当時、あまり聞いた事のない病気でした。
その病気はどんな病気ですかと聞くと難病の一つで進行性だと言うのです。(その時の私のショック)は大きく目の前が真っ白になったのを覚えています。
そして病魔は容赦なく私の体をむしばみ、両手、両足のふるえ、とうとう全身の力がぬけ、もう自分の力では立つ事もままならないようになりました。
そこで和歌山県立医科大学病院の先生がおっしゃるには、脳の中に電気針を入れ、体のふるえを止める手術をすれば少しは楽になるかもしれないと言ってくれたので、この手術を受けるはこびになりました。
わらをもつかむと言うのはこの事を言うのかなぁ!?
手術の前々日は不安で眠れず、しかも前日はこの場から逃げられるものなら逃げ出したい気持ちでした。
ところが手術の前日は意外にも落ち着いたのか、不安がとれ先生が冗談で言ったまな板の鯉やでといった言葉も笑って聞けました。
そして手術に臨んだのですが頭を固定され、鉄のリング(鉄の輪)を頭部にはめ、そして頭部の2ケ所に穴をあけ電気針を差込む位置を設定し頭部に局部麻酔をして、目にふたをされた時、なぜか急に不安になりついつい「母さん、コワイヨ〜」と泣き出しそうになりました。
くやしかったが、そこには弱虫の僕と勇気ある僕が同居していました。でも一歩でも前に進まなければと自分に言い聞かせて臨んだ手術も終わりに近づき自分自身に「がんばれ、がんばれ」とエールを送った。
十数年ふるえていた私の体が電気をONした時ピタッと止まった。
それはそれは僕にとっては世界中がびっくりしたのと同じくらいの出来事でした。その時手術室のベッドの上で涙があふれてきて止まりませんでした。この手術を受けて本当に良かった。
僕の体の事を心配して見守ってくれていた家族、親類、あやさん、店門さん、そして友達、それから手術をしてくれた先生方、勇気をあたえてくれてありがとう。
それと今回医大のホームページに小倉先生が掲載しては?と言ってくれたので僕の絵と写真を掲載します。これは約2年ほど前より描きはじめた絵です。自己流でうまく描けているかどうかわかりませんが、心からやれる絵を描いた気持ちです。よろしくお願いします。
写真はまだ始めて半年くらいです。 = 作 品 集 =