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小山 一 (Augustine Hajime Koyama)

和歌山県立医科大学医学部 教養・医学教育大講座
生物学教室(Department of Biology)

大学院 医学研究科 構造機能医学専攻
細胞分子機能医学領域 ウイルス学分野 

研究歴


私の研究の特色は、(1)生体内でのウイルス宿主相互作用を常に念頭においている点と、(2)定量的な解析という点にある。ウイルス学や細胞生物学においては、ややもすると現象の定性的な記載から結論(発症病理における役割や生物学的意義など)に飛躍する傾向がある。その現象が 重要な意味を持つほど、定量法を工夫・開発し 化学量論的な検証も経て 総合的に位置づける必要があると考えている。以下、 [ ]内の番号は断らない限り別項「論文」における原著論文の番号を示す。

  現在までの主な研究内容をまとめると、(1)大腸菌プラスミドDNAの複製分配の制御についての分子遺伝学的研究(1969-1975)、(2)動物ウイルスの増殖機構の解析(1975-1994)、(3)ウイルス感染細胞に誘導されるアポトーシスについての研究(1993-2004)、(4)ウイルス感染に伴う炎症反応の誘導機構の解析(1985-現在)、(5)抗ウイルス活性物資の検索とその作用機作の解析(2004-現在)となる。この間、馬原博士(徳島県阿南市馬原医院)により四国南部で新しく発見された紅班熱リケッチャ症の病原体の分離同定に内田先生(徳島大学医学部ウイルス学)の指導の下に加わり[ 11, 14]、また、足立先生(徳島大学医学部ウイルス病原学)の指導の下にヒト免疫不全ウイルス(HIV)についての研究にも参加した[24-33, 42, 43, 46, 48]。

1)大腸菌プラスミドDNAの複製制御機構についての分子遺伝学的研究
(京都大学ウイルス研究所遺伝部門にて由良 隆・和田千恵子両先生の指導の下に大学院)
  Jacobら(仏・パスツール研究所)の提唱した染色体DNAの複製についてのレプリコン仮説に関わる実体を解明すべく、複製能を欠く変異プラスミド株の分離を試みた。当時、プラスミド遺伝子上に突然変異を導入することは困難であり、まず変異プラスミド株を効率よく分離する方法を開発し、この方法によりプラスミド複製に関する温度感受性変異株を多数得た[1]。一群の変異プラスミドを持つ宿主菌では菌細胞の分裂にも異常をきたすことを見出し、その解析から「ストリンジェント型プラスミドを持つ菌では、正常な細胞分裂のために プラスミドDNA複製の正常な進行が必要」というモデルを提唱した[2]。この2論文により京都大学理学博士の学位を授与された。

2)単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の細胞内増殖機構についての解析
 (京都大学ウイルス研究所血清免疫部門(植竹久雄教授)の助手として富山朔二、純両先生の下に動物ウイルスを用いた研究を開始した。)
  センダイウイルスやシンドビスウイルス、水疱性口内炎ウイルス(VSV)を材料に、細胞遺伝学的な手法や生化学的手法を用いて、細胞表面レセプターの生化学的性質と機能(植物毒素蛋白の侵入機構との重なりなど)及びウイルススパイク蛋白質の形成における翻訳後修飾の役割などを解析した。[3-7, 9, 10]。
  また、(徳島大学医学部に移った後)HSV-1の細胞レベルでの増殖過程を定量的に解析した。まず、ウイルスの細胞内侵入過程について、エンドサイトシスによる侵入とエンベロープ-細胞膜融合による侵入との両カイネティックスを明らかにし、HSV-1の場合 エンドサイトシスによる侵入が感染に無関係であることを明らかにした[12]。この過程で、塩化アンモニウムによりHSV-1の増殖が阻害されるが、RNAウイルスの場合とは異なり 感染後期過程での阻害であることを見出した[8]。
  さらに、HSV-1エンベロープメント過程(ウイルスのヌクレオカプシドがエンベロープを被る過程)についての定量的な解析法を開発し、感染細胞内でのエンベロープメントと感染性ウイルス形成のカイネティックスを明らかにした[13]。また、塩化アンモニウムの標的がこのエンベロープメント段階にあることを見出し、HSV-1エンベロープメントが 細胞内酸性小胞、おそらくゴルジ体で行われることを提唱した[15]。このことはゴルジ体に特異的に作用するブレフェルディンAを用いた解析からも確認できた[16]。

3) ウイルス感染細胞に誘導されるアポトーシスについての研究
 1980年代後半、炎症性サイトカインによるウイルス増殖への作用を解析する過程で、アポトーシス様変化がTNF(腫瘍壊死因子)により感染細胞に誘導されることを見出し解析を始めた。しかし、HSV-1感染細胞では、サイトカイン処理と無関係にアポトーシスの誘導は見出されなかった。
  その後、ウイルス感染にともなうアポトーシスが(再)発見され、その生物学的意義として「感染細胞がアポトーシスを起こすことによりウイルス増殖が中断する」という感染防御機構としての役割が広く受け容れられ始めた。しかし、水疱性口内炎ウイルス(VSV)[18]やインフルエンザウイルス[35]感染細胞でのアポトーシス誘導とウイルス増殖とのカイネティックスを定量した結果、これらのウイルスではアポトーシスの誘導より早く増殖を完了することにより ウイルス増殖中断を克服していることを見出した。
  さらに、ソルビトールによるアポトーシス誘導系を開発し[37]、この系を用いた解析から、昆虫ウイルスの場合とは異なり動物ウイルスでは感染細胞にアポトーシスが誘導されてもウイルス増殖は中断されず増殖できること[19]、HSV-1やHSV-2など遺伝情報量の多いDNAウイルスでは複数のアポトーシス抑制遺伝子を獲得することによりアポトーシスによるウイルス増殖中断を克服していること[19, 34]、アポトーシス抑制遺伝子は遺伝子構成が単純なRNAウイルスにもあること[38, 39, 47]、通常 感染細胞にアポトーシスを誘導することはないHSV-1やHSV-2も、ウイルス粒子構成成分中にアポトーシス誘導能を持つ成分があり蛋白合成阻害条件下での感染ではアポトーシスを誘導すること[20, 23]を明らかにした。これらの結果は、アポトーシスの誘導がウイルス感染細胞に普遍的に誘導される反応であり、一方、多くの動物ウイルスはアポトーシスを回避する能力を獲得していることから、個体レベルでのウイルス感染においては 動物ウイルスにとってもアポトーシスがマイナスに働いていることを示している。
  一方、ウイルス感染にともない一群のサイトカインが産生され感染局所には高濃度に存在する。これら炎症性サイトカイン類が(免疫系細胞を介した作用とは別に)細胞レベルでのウイルス増殖をどのように修飾するか解析する過程で、炎症性サイトカインである腫瘍壊死因子(TNF)は感染細胞でのアポトーシス誘導時間を短縮することによりウイルス増殖を抑制する(抗ウイルス作用)ことも見出した[21]。
  結論的には、動物ウイルスの感染におけるアポトーシスの役割は、感染細胞死による増殖中断だけではなく、感染細胞をマクロファージの標的と変えることによりウイルス感染防御機構として働く点にあると考えている。また、アポトーシスは単独で働くだけでなく、例えば TNF(腫瘍壊死因子)が感染細胞でのアポトーシス誘導時間を短縮するなど、他の機構とともに生体防御を担っていることを報告している。逆に、アポトーシス誘導がHSV-1の病原性に寄与することもマウスを用いて示した[19, 38]。

(4)ウイルス感染における炎症反応の誘導機構の解析
ウイルス性疾患における炎症反応とウイルス増殖との関係への興味から、インターフェロン[33]やTNF[18]などサイトカインを用いた解析も精力的に試みた。しかし、再現性のある結果を得ることが難しく論文は多くない。現在は新しいタイプの炎症メディエーターとして報告のあったHMGB1蛋白の細胞外放出に注目してウイルス感染細胞死の誘導との関連においてその挙動を解析している。

(5)抗ウイルス活性物資の検索とその作用機作の解析
研究費の獲得と和歌山県産業界への寄与を意図して新たにこのプロジェクトを始めた。次のようなプロジェクトが動き始め、一編の受理論文や2件の特許申請など、それなりの成果が上がり始めている。@没食子酸アルキルエステルの抗ウイルス活性についての解析[50]A和歌山県特産品中に含まれる成分の示す抗ウイルス活性についての解析、Bコーヒー成分中に含まれる抗ウイルス作用についての解析、C天然物質由良成分の持つ殺ウイルス作用についての解析。

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