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和歌山県立医大皮膚科  古川福実

■研究とはどんなもの??
 この質問をしばしばうけます。学生、研修医、専門医など様々な背景を持った人々からの質問です.質問は各人の医学へのコミットメントが反映され、その深層には研究へのあこがれや不安があるようです。
 私は、よくわかっていない自然の事象を、楽しく闊達に勉強する事だと答えるようにしています。
 研究の対象方法は様々です。人、マウス、時にはサルや羊も対象です。iPS細胞やES細胞を用いた時代の最先端の研究から始まり、患者のデータをコツコツ集めて解析したり、夏の暑い日冬の寒い日に関係なく忍耐強く行ったフィールド調査をまとめるのも研究です。

■研究は頭がよくなくては出来ない??
 天才や秀才でないと研究は出来ないと思っている人が多い。でも、それは間違い。医学部を卒業し、医師免許を持った人なら誰でも可能です.でも、不可能な分野もあります(例えば,マウスの毛に対してアレルギーが有れば、マウスにさわる実験は無理ですね)。
 研究にショートカットもなければ王道も有りません.研修医生活や家庭を営むのと同じです。凡人にも、等しく研究で成功するチャンスは有ります.漫然と待っていたり,無為にすごせば、何事もなし得ません.生化学で高名な古武弥四郎先生(大阪大学医学部長、和歌山県立医大初代学長を歴任)の有名な短文が有ります。

本も読まなくてはならぬ
考えてもみねばならぬ
しかし
凡人は
働かなくてはならぬ
働くとは
天然に親しむことである
天然を見つめることである
かくして
天然が見えるようになる      古武彌四郎


天然がみえるとは多分,真実に限りなく近づくと言う事でしょう.
その前に親しみ、働く(勉強する)ことが大切です.簡単なようで難しいようですが,誰でも研究出来ることの可能性を述べた素晴らしい言葉です。

■研究とC
 私の研究生活で一番お世話になったのは、白井俊一先生(北大卒、京大助教授を経て順天堂大学教授、現名誉教授)です(古川福実: <巻頭言>5つのCと存在感、皮膚臨床 36: 1193-1194, 1994)。
白井先生は、研究を行うにあったて次の5つのCが大切であることを若い研究者に日々言っておられました。

1) Concentration  集中
2) Continuance  継続
3) Contribution  互助,貢献
4) Confidence  自信、信頼
5) Coexistence  共存

テーマに集中して、根気よく、チームを組んで、自信を持って研究を遂行し、最後は皆がそれぞれ立派になろうという意味と理解していました。

 研究を始めるにあたっては、別のCが必要かも知れません。世界的な免疫生化学者 本庶 佑先生(http://www2.mfour.med.kyoto-u.ac.jp/index.html)の「独創的研究とは何か」と題するエッセイの中での一文を紹介します。

「・・・私は教室の若い人に優れた研究者になるための6つの「C」を説いている。 すなわち、好奇心 (curiosity) を大切にして、勇気(courage)を持って困難な問題に挑戦すること(challenge)。必ずできるという自信(confidence)を持って、全精力を集中(concentration)し、そして諦めずに継続すること(continuation)。その中でも最も重要なのは、curiosity, challenge, continuation の3Cである。これが凡人でも優れた独創的と言われる研究を仕上げるための要素であると私は考える。」

研究にまず大事なのは、何でも知りたいという、子供のような好奇心のようです。様々な人に接して思うのは、なにごとに対しても好奇心を持っている人は実にチャーミングだということです。

■研究へのきっかけ
 誰でもきっかけはあります。
わたしの場合は,学部一回生(三回生)の解剖の実習で親しくして下さった岡田暉彦先生の部屋で漫画を読んでいたら,実験でも手伝ってみないか?というお誘いがありました。手伝うと晩飯がおごってもらえるので、手伝だったという単純なものでした。おこなった研究はマウスの抗体産生細胞を羊の赤血球の溶血でみるものでした。岡田先生は京大理学部動物学教室出身なので,先生のテーマである自然・系統免疫の研究の手伝いも行いました。また、シマヘビを集めて血清を集めて免疫グロブリンの同定を電気泳動でおこなっておりました.病理実習では、免疫病理の教室(濱島義博教授、久場川博三先生)では、新しい蛍光顕微鏡の精度の確認実験を手伝っていました.当時から、研究室への出入りには抵抗感はなく、座学よりも性格的に向いていたのか、授業には出ないで、昼頃から病理学教室に出入りしておりました。二つの教室ともにのんびり気兼ねせずに時間を過ごすことができました。私の体験は、1970年台の半ばでは珍しいものであったようです。このような体験があったので、研究ができる皮膚科を一生の仕事に選んだのだろうと、このごろ我が人生を振り返っています。
 現在では、多くの大学で学生時代に基礎医学の教室で一定の期間、研究(実習)を行う制度があり、私どもの大学では基礎配属とよんでおります。

■研究をいつからはじめるか
早ければ早いほどいいですが、年をとって始める研究もシブイです。

1) 学生時代
 early exposureという医学教育の考え方・制度があります。和歌山医科大学では入学したその年の夏に、1週間ほど臨床現場の雰囲気を体験すること指しています。学生さんには大変好評です。このearly exposureが研究にも重要です。これを読んでいるあなたが、学生なら基礎の研究室をのぞいてみたらどうでしょうか。きっと、今、何をやっているかを先生方が熱く語ってくださるでしょう。  基礎配属もチャンスです。積極的でも消極的でもいいので、参加しましょう。  大学によっては、MD-PhDコースを設けているところもあります。研究者としての能力をできるだけ若いうちに開花させ,将来の指導的基礎医学教育・研究者として育てることを目的としています。なお、MD-PhDコ−スと呼ばれている制度には、4年制大学卒業生(見込み)を対象としたものと医学部入学後4年次またはそれ以上の教育を履修した者を対象にしたものがあります。一般には後者をさすことが多いですが、どちらなのか各大学の担当に確認してみましょう。

2) 初期研修
 さあ、臨床ですね。学生時代に研究してみたいなー!、研究して難病や癌に苦しむ人を救いたいなー!、と思ったはずです。もちろん人によって、気持ちの持ち方は違うでしょうが。この気持ちを継続することが大切です(Continuance)。そして、臨床あるいは社会医学の分野で生じた疑問は自ら解決するか質問して納得することがファーストステップです。この二年間は医師や研究生活において人生のすべてを決定するといって過言ではありません。どこが楽かなー??とローテーションするのは愚の骨頂です。

3) 皮膚科入局、後期研修
 まずは、皮膚科全般を勉強しましょう。皮膚アレルギー、皮膚病理、膠原病、皮膚外科、光皮膚科、皮膚真菌症、美容皮膚科、皮膚悪性腫瘍などがすべて研究テーマの対象となります。
 自分がアトピー性皮膚炎だったのでアトピー性皮膚炎の研究をしたい。親族が癌で死んだので癌の研究をしたい。どれも立派なcuriosityで、そのようなわかりやすいテーマを考えている人はその意思を継続させましょう。でも、大学や病院によって、研究している分野とそうでない分野があります。自分にさほど興味がなくても、「郷に入れば郷に従へ」で同僚や先輩の先生について、その医局の得意とする分野や興味を分かち合える事象の勉強をしましょう。最も身近なことでいうと、患者から学ぶことが一番です、そしてそれを発展応用したところに分子生物学、免疫学、アレルギー学、疫学などのテーマが無尽蔵まさに宝の山ほどあります。あなたのcuriosityとマッチングする何かがあるはずです。

4) 大学院
 皮膚科で大学院生活を行う場合と基礎医学講座で研究を行う場合があります。大学院生活は、入学金や授業料を支払う訳ですから研究する権利があります。権利をどんどん行使しましょう。といっても、皮膚科医が少ない大学では、臨床も研究の一環なので、臨床業務も履修年限の半分ぐらいを占めるかもしれません。

 研究テーマの決定はどうしたらいいのでしょうか。
Curiosityとマッチングしたテーマを研究するのがいいのですが、研究実行には技術がいります。この技術を学ぶには、上司からテーマをもらって体(手足、頭)を動かして学ぶのが一番です。
 私の場合は、免疫病理に預けられました。最初の一年半は、マウスの採尿やケージ交換などばかりで、残った時間で免疫複合体の測定や剖検などを行っておりました。テーマは、ループス腎症への内在性ウイルスの関与でした。おかげで、ネズミの採尿は上手になりました。しかし、指導を受けていた先生が急に栄転となり、テーマを続けることはできなくなり、マウスの皮膚病変をやらざるを得なくなりました。単純な蛍光抗体法を用いたものですが、研修医の時に免疫病理検査(蛍光抗体法)を手伝っていたのが役立ちました。

5)赴任先でも研究はできる
 研究は大学や研究所以外では不可能なのでしょうか。答えは、否即ち可能です。社会人大学院制度も整備されています。大学によって呼称は異なりますが、研究生制度もあります。たくさんの先生が大学以外の病院で勤務しながら、学会発表や優れた論文を作成されています。私の友人である戸田憲一先生が、若き頃、大阪の北野病院皮膚科の勤務が終わって京都大学皮膚科にもどり、日々懸命にされた実験の成果で、マウスの血管内皮細胞株の樹立されました(Toda K, Tsujioka K, Maruguchi Y, Ishii K, Miyachi Y, Kuribayashi K, Imamura S. Establishment and characterization of a tumorigenic murine vascular endothelial cell line (F-2). Cancer Res. 50:5526-30.1990)。
 勤務先の病院で浮かんだ疑問・アイデアや経験した珍しい症例を、意識の中で継続し(Continuance)、大学あるいは研究所に帰った後に立派な研究としてまとめた研究は沢山あります。
 ですから、大学院に進まなくても研究はできます。

6)留学
 さらに研究する場合は、留学があります。国内留学と国際留学があります。国内で研究していたら、関連ある研究をしている所がいいかもしれません。私の場合は、いったんニューヨークの基礎免疫の教室に決まっていましたが、親分が急にどこかに栄転したので、キャンセルとなっていました(私は全く知らなかったのですが、留学先を紹介してくださった先生が、「君もういったのか?」と電話があり、調べたらボツとなっていたのが判明した次第です)。縁あって、デンバーのコロラド大学皮膚科(Norris教授)で拾ってもらい、培養細胞を用いたループスの光線過敏の研究をすることができました。

7)熟年の研究
 何歳になっても研究はできるのだなー、と実感したことを紹介します。昭和53年、私が研修医一年目の時に主治医であった患者の教授回診のことです。太藤重夫教授(多分、60歳を超えておられた思います)が「この疾患はなんや?」と質問されました。私は外来主治医の診断通り「慢性湿疹」と答えましたが、逆に「なんでや??」と質問されました。困り果てましたが、この患者が、新たな疾患単位である丘疹紅皮症の二例目でした(Ofuji S, Furukawa F, Miyachi Y, Ohno S.:Dermatologica. 1984;169(3):125-30.)。この記憶が鮮明なので、研究のありようは多彩であると思ったと同時に、常になんでや?と思う好奇心・探究心(Curiosity)、この患者の皮疹は従来とは違う疾患であるとの信念・自信(Confidence)と粘り(Continuance)のなせる結果にあるのだと思いました。

■研究の楽しさ
 論文がacceptされたとき、いいデータが出たとき、ほめられたとき、表彰されたときなどいろいろあります。この楽しさ、うれしさの程度は研究の苦労やつらさと相関することが多いのです。図1の右の写真は大学院時代の思い出の一枚で、ネズミのしっぽの蛍光抗体直接法です。何枚となくクリオスタットで切片を作り、自分で免疫し標識した抗体による結果で、うまく撮れていた写真をみた時は、本当にうれしかったですね。それまでの苦労も吹っ切れるものがありました。勿論、これが最後ではありません。同じような実験を繰り返して、論文を書きますが、何度も上司に書き直しを命ぜられるものですから、いやになるものです。忍の一字ですが、投稿したときのほっとした気分は爽快感に似たものがあります。論文がacceptされるまでは、いろいろと気をもみますが、acceptの知らせはとてもうれしいものです。でも、rejectされることも多々あります。がっかりしますが、そのうちメラメラとリベンジの気持ちがわいてきて、トライを繰り返すということになります。このプロセスを何回か経験すると、結構はまってきます。最後に論文がネットや雑誌に掲載されたときは、ジーンと胸に迫るものがあります。でも、これで終わりかな?という寂しさも味わいます。この感激と一抹の寂しさが、次の実験へのドライビングパワーとなるのです。次も、ガンバロー!
 発表や論文が評価されて表彰されたときもうれしいです。私事ながら、図2の新聞時事は1987年にベルリンで世界皮膚科学会が開かれ、その際に表彰されたときのものです。まったく予想していなかったので、表彰式のときはニューヨークで観光していました。

■最後に
 いつ研究を開始すべきか? Curiosityがある限り遅くても早くても差は無いでしょう。しかし、人生は無限ではないので、実年齢が若い時期にスタートするにこしたことはありません。そのプロセスの中で、心の底から尊敬・畏敬できる先輩、同僚、後輩との出会いがあるはずです。研究の醍醐味は、未知のことを明らかにして世に問うこと以外に、この人との出会いにあるといっても過言ではありません。人との出会いは人生を豊かなものにしてくれます。
最後に、私が大学院時代の上司であった濱島義博教授の研究室の若人にあてたメッセージを別に掲載します。当時(1970年代から1980年代の半ば)、正直にいうと荒唐無稽なのでは??とも思ったものですが、その精神は多くの研究者に引き継がれているのも事実です。あなたは、どう思いますか?

(新 皮膚科専門医サバイバル戦略ガイド、診断と治療社、改変)

図1 図1
古川福実教授

皮膚科前教授:古川 福実

略 歴

皮膚科(和医大70年誌より)

Derma Dream

第114回 日本皮膚科学会総会
学術大会開催にあたって

和歌山県皮膚ガン
無料相談の歴史

自己炎症症候群との出会い

私はなぜ現在の科を選んだか

The art of medicine
-若き心と腕に期待して

皮膚科学は難しくない

研究のススメ

濱島語録

山田瑞穗
浜松医大皮膚科初代教授、元副学長
随筆、左右(とにかく)なんとか過ごしてはきたを掲載しました。

 
 
 

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