現在表示しているページ
ホーム > 病院のご案内 > 院長挨拶
ここから本文です

院長挨拶

 このたび令和2年4月から紀北分院の分院長を拝命いたしました廣西昌也です。就任にあたり一言ご挨拶を申し上げます。病院スタッフと一体になって地域のための病院として努力を惜しまない覚悟ですので何卒よろしくお願い申し上げます。

 さて、紀北分院が生まれたのは昭和13年のことです。伊都郡購買販売利用連合会によって「紀北病院」の名称で設立されました。今も多くの方々が「紀北分院」とは呼ばず「紀北病院」とお呼びになるのはこの歴史があるからでしょう。昭和恐慌のあと紀北地方も疲弊しており、生糸の暴落により廃業となった製紙工場跡に紀北病院は建設されました。当時はお年寄りの数は少なく、紀北病院に来る患者さんは怪我や栄養障害、当時はやっかいな病気であった胃潰瘍とか、あと特に結核や腸チフス、赤痢などの伝染病が多かったと思われます。今も紀北分院は和歌山県の感染症指定医療機関として4床の陰圧室がありますが、そのルーツは地域に蔓延していた伝染病対策として昭和26年に病院内に設立された地元町村立伝染病隔離病舎にたどることができます。

 昭和30年に和歌山県立医科大学附属病院紀北分院となり、平成になってからは老年期特有の疾患が増えました。私の専門である認知症をはじめ、脳卒中や心臓病、難聴や視力障害などの感覚器疾患、膝および股関節の痛み、背骨の変形や骨折、運動不足や筋肉の衰えに伴う歩行障害や活動量の低下など、高齢者の生活を制限してしまう病気は枚挙にいとまがありません。しかし紀北分院の診療もまた時代の変化に対応し、現在は、成人病や動脈硬化性疾患、認知症、脳卒中などを得意とする内科・脳神経外科、川上守前分院長が精魂を込めて発展させた背骨や関節を扱う整形外科、運動能力の改善・維持に欠かせないリハビリテーション科、感覚器疾患の代表である白内障や黄斑変性症などを数多く手がける眼科など、現在の地域の健康ニーズに適応した体制に変貌しています。また地域の子供たちの健康のための小児科や、まだ小規模ではありますが、皮膚科や泌尿器科などの診療も行っております。

 時代は大きく変わりましたが、地域の方々のための病院であるという紀北病院の時代からのスピリットは何ら変わりがありません。地域の方々の健康の砦として、元気で明るい老後を暮らしていけるよう、病気になったときの対応はもちろんですが、病気にならないため、寝たきりにならないための工夫を市町村や医師会とともに強力に発信していきたいと思いますので、今後とも皆さまのご意見・ご指導を是非お願い申し上げます。

紀北分院長 廣西 昌也